痕跡の記録 — 記事一覧
土地に残る記憶をたどる記事の一覧です。
現地レポ
- 岐阜城天守閣が休館中でも歩ける、信長の痕跡 — 崇福寺の廟・円徳寺の制札・道三が動かした神社(2026-09-12)
- 羽島用水はどこへ消えたのか — 18.3キロが地下に入り、一区間だけ水が見えている(岐阜県各務原市)(2026-09-12)
- 真夏の京都、幕末跡を歩いた一日(2026-08-23)
- 采女城跡と杖衝坂と、名前の分からない鳥居 — 四日市・采女を歩く(2026-08-11)
- 梅田の痕跡を歩いてきた — 川の跡、墓の跡、都会の裏側(2026-08-07)
調べ方ガイド
- 孤独死は年に何人か — 警察が数えた7万6,941人と、賃貸で見つかるまでの平均19日(2026-10-05)
- 事故物件はいくら安くなる?「何割引き」の公の基準はなく、裁判所は家賃の月数と代金の割合で数えてきた(2026-10-05)
- 事故物件とは何か — 告知義務の範囲と対象外をガイドラインで読む(2026-09-30)
- 痕跡マップの使い方 — 種類で絞る・住所で調べる・ピンの札から記録ページへ(2026-09-29)
- 巨椋池はどこにあった?いつまであり、なぜ消えたのか — 京都南部の消えた湖を地図で探す(2026-09-28)
- 重ねるハザードマップの見方 — 地名の次に確認すべきこと(2026-09-16)
- 土地に昔何があったか調べる方法 — 無料の地図と資料で住所から過去をたどる(2026-09-15)
- 防空壕跡を調べるとき、地図より先に確認したいこと(2026-08-29)
- 地名の由来はどう調べる?辞典・旧版地図・自治体史を照らして読む(2026-08-29)
- 廃線跡を地図で読む:路線図・旧版地形図・空中写真を重ねる前に(2026-08-29)
- 旧河道とは?昔の川が流れていた跡を地図と空中写真で見分ける(2026-08-29)
- 大和川は昔どこを流れていた?1704年の付け替えを求めた人・反対した村・工事の方法(2026-08-29)
- 戦争遺跡とは?史跡・建造物・慰霊碑を公開資料で分けて読む(2026-08-29)
- 暗渠とは何か - 消えた川を街で見つける5つのサイン(2026-07-22)
- 大阪の古地図比較、無料でできる方法を全部試した(2026-07-11)
- 事故物件の調べ方 — 内見前に無料でできる確認5つ(2026-07-07)
- 家の鬼門の調べ方 — 北東と南西を真北で出す手順(2026-07-07)
- 大島てるをスマホで見る方法|炎マークの読み方と確認するときの注意点(2026-07-07)
歴史の痕跡
- 入鹿池の底の村 — 寛永10年に沈んだ入鹿村と明治元年の入鹿切れ(2026-10-13)
- 名古屋城の外堀を走った「お堀電車」と、空襲で焼けた天守(2026-10-13)
- 宝暦治水とは何だったのか — 薩摩藩が築いた油島の締切堤と、明治の三川分流、治水神社・千本松原に残るもの(2026-09-28)
- 京都の血天井はどこにあるのか — 伏見城の床板を上げた5つの寺と、岐阜・崇福寺の天井(2026-09-28)
- 京都はなぜ空襲されなかったのか — 実際に爆弾が落ちた馬町・西陣と、原爆目標の記録(2026-09-28)
- 大阪の城跡はどこにあったか — 飯盛城・芥川城・千早城ほか、いま何が残っているのか(2026-09-28)
- 軍艦島はなぜ無人島になったのか — 炭鉱が閉じて半世紀(2026-09-23)
- 池袋に昔何があったのか — サンシャインシティの土地は巣鴨刑務所の跡地(2026-09-15)
- 長島一向一揆はどこで起きたのか — 木曽三川の河口に残る長島城跡と、川の底の願証寺跡(2026-09-15)
- 大坂冬の陣の本陣跡はどこか — 家康の茶臼山、秀忠の御勝山、埋められた惣構の堀(2026-09-15)
- 大政奉還はどこで行われたか — 二条城の大広間と、京都から消えた藩邸の跡(2026-09-15)
- 方違え(かたたがえ)とは — 平安貴族の引っ越し作法と、いまの方除け神社(2026-09-09)
- 野江刑場はどこにあった?京街道を手掛かりに、資料で確かめられる範囲(2026-08-29)
- 大阪に残る自然災害伝承碑を地図でたどる――津波・洪水・高潮の記録(2026-08-29)
- 大坂の四刑場はどこにあった?千日・鳶田・野江・三軒家を地図で比べる(2026-08-29)
- 三軒家刑場はどこにあった?月正島・葦島と木津川口を古地図でたどる(2026-08-29)
- 幕末の京都で、なぜこの4か所なのか — 藩邸・門・宿・近江屋を結ぶ(2026-08-28)
- 江戸の刑場跡はいまどこに — 鈴ヶ森・小塚原・伝馬町牢屋敷の現在(2026-08-21)
- 京都の処刑場跡はどこにあったのか — 粟田口・六条河原の記録(2026-08-21)
- 京の三つの葬送地 — 鳥辺野・化野・蓮台野は、なぜ都の外に置かれたのか(2026-08-21)
- 御母衣ダムに沈んだ荘川村の集落 — 湖畔へ移された荘川桜の記録(2026-08-20)
- 住吉に御所が二つある — 承久の後鳥羽院、正平の後村上天皇(2026-08-19)
- なぜ古墳が「浦島太郎の墓」と呼ばれたのか — 帝塚山古墳と、住吉に残る海の記憶(2026-08-19)
- 徳山ダムで離村した徳山村はいま — 湖底に残る7集落の跡と門入(2026-08-12)
- 湖の底に、村がある — 日本の「湖底に沈んだ村」を地図でたどる(2026-08-11)
- 半分だけの鳥居が、80年あまり立ち続けている — 長崎・山王神社の一本柱鳥居(2026-08-08)
- 石碑の文字に、毎年墨が入れられている — 大正橋の「大地震両川口津浪記」(2026-08-08)
- 終戦のあとに始まった戦い — 千島列島・占守島の8月18日(2026-08-08)
- 終戦の日に埋められた大砲が、36年後に工事で出てきた — 四日市市日永(2026-08-07)
- 首塚は、なぜ大手町に残っているのか — 平将門の首塚(2026-08-07)
- 真田幸村の終焉の地を歩く — 本陣の茶臼山から安居神社まで、徒歩5分だった(2026-08-01)
- うめきたは、墓所だった — 大坂七墓と、盆の夜に一晩で巡る風習(2026-07-29)
- 大阪城公園に残る戦争の痕跡 — 76年間、ここは陸軍の土地だった(2026-07-27)
- 京橋駅空襲と慰霊碑 — 石の六文字と、並んで立つ二つの数(2026-07-26)
- 模擬原爆と大阪・田辺 — 広島の11日前に落ちた「パンプキン」(2026-07-23)
- 大阪空襲はどこが焼けたのか — 場所を地図でたどる(2026-07-08)
- 大坂の陣の痕跡を歩く — 真田丸・抜け穴・茶臼山はいまどこに(2026-07-08)
- 大阪の処刑場跡地はどこか — 千日前・飛田と「跡地のホテル」を資料で確かめる(2026-07-07)
地名の由来
- 福岡の怖い地名の由来 — 筑紫・香椎・水城は何の記録か(2026-09-02)
- 奈良の怖い地名の由来 — 京終・蛇穴・地獄谷は何の記録か(2026-08-26)
- 大阪の堀は、掘った土で街を上げ、空襲の瓦礫で埋め戻された(2026-07-29)
- 大阪の地名を並べたら、全部が水際だった — 福島・曽根崎・野田・九条(2026-07-29)
- 東京の怖い地名の由来 — 蛇崩・鐘ヶ淵・泪橋は何の記録か(2026-07-29)
- 大阪の難読地名の由来 — 喜連瓜破・放出・杭全は何の痕跡か(2026-07-15)
- 地名の由来が怖い、は本当か。大阪の実例で確かめる(2026-07-07)
- 水害と地名の関係 - 「さんずい」地名は本当に危険か(2026-07-07)
噂の土地を調べてみた
- 雛見沢のモデルはどこか — 御母衣ダムと白川郷で確かめられたこと(2026-08-28)
このサイトについて
- 痕跡マップについて — なぜ土地の記憶を地図にするのか(2026-07-07)
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