痕跡の記録 — 記事一覧
土地に残る記憶をたどる記事の一覧です。
現地レポ
- 真夏の京都、幕末跡を歩いた一日(2026-08-23)
- 地元なのに、知らなかった — 采女城跡と杖衝坂と、名前の分からない鳥居(2026-08-11)
- 梅田の痕跡を歩いてきた — 川の跡、墓の跡、都会の裏側(2026-08-07)
調べ方ガイド
- 暗渠とは何か - 消えた川を街で見つける5つのサイン(2026-07-22)
- 大阪の古地図比較、無料でできる方法を全部試した(2026-07-11)
- 事故物件の調べ方 — 内見前に無料でできる確認5つ(2026-07-07)
- 鬼門の方角の調べ方 — 自宅の北東・南西を正しく出す手順(2026-07-07)
- 大島てるの見方をスマホで解説 炎マークの意味と注意点(2026-07-07)
歴史の痕跡
- 幕末の京都で、なぜこの4か所なのか — 藩邸・門・宿・近江屋を結ぶ(2026-08-28)
- 江戸の三大刑場 — 鈴ヶ森・小塚原・伝馬町はいまどこに(2026-08-21)
- 京都の処刑場跡はどこにあったのか — 粟田口・六条河原の記録(2026-08-21)
- 京の三つの葬送地 — 鳥辺野・化野・蓮台野は、なぜ都の外に置かれたのか(2026-08-21)
- 御母衣ダムに沈んだ荘川村の集落 — 湖畔へ移された荘川桜の記録(2026-08-20)
- 住吉に御所が二つある — 承久の後鳥羽院、正平の後村上天皇(2026-08-19)
- なぜ古墳が「浦島太郎の墓」と呼ばれたのか — 帝塚山古墳と、住吉に残る海の記憶(2026-08-19)
- 徳山ダムで離村した徳山村はいま — 湖底に残る7集落の跡と門入(2026-08-12)
- 湖の底に、村がある — 日本の「湖底に沈んだ村」を地図でたどる(2026-08-11)
- 半分だけの鳥居が、80年あまり立ち続けている — 長崎・山王神社の一本柱鳥居(2026-08-08)
- 石碑の文字に、毎年墨が入れられている — 大正橋の「大地震両川口津浪記」(2026-08-08)
- 終戦のあとに始まった戦い — 千島列島・占守島の8月18日(2026-08-08)
- 終戦の日に埋められた大砲が、36年後に工事で出てきた — 四日市市日永(2026-08-07)
- 首塚は、なぜ大手町に残っているのか — 平将門の首塚(2026-08-07)
- 真田幸村の終焉の地を歩く — 本陣の茶臼山から安居神社まで、徒歩5分だった(2026-08-01)
- うめきたは、墓所だった — 大坂七墓と、盆の夜に一晩で巡る風習(2026-07-29)
- 大阪城公園に残る戦争の痕跡 — 76年間、ここは陸軍の土地だった(2026-07-27)
- 京橋駅空襲と慰霊碑 — 石の六文字と、並んで立つ二つの数(2026-07-26)
- 模擬原爆と大阪・田辺 — 広島の11日前に落ちた「パンプキン」(2026-07-23)
- 大阪空襲はどこが焼けたのか — 場所を地図でたどる(2026-07-08)
- 大坂の陣の痕跡を歩く — 真田丸・抜け穴・茶臼山はいまどこに(2026-07-08)
- 処刑場跡地とは — なぜ街道沿いに置かれたのか【大阪・千日前ほか】(2026-07-07)
地名の由来
- 奈良の怖い地名の由来 — 京終・蛇穴・地獄谷は何の記録か(2026-08-26)
- 大阪の堀は、掘った土で街を上げ、空襲の瓦礫で埋め戻された(2026-07-29)
- 大阪の地名を並べたら、全部が水際だった — 福島・曽根崎・野田・九条(2026-07-29)
- 東京の怖い地名の由来 — 蛇崩・鐘ヶ淵・泪橋は何の記録か(2026-07-29)
- 大阪の難読地名の由来 — 喜連瓜破・放出・杭全は何の痕跡か(2026-07-15)
- 地名の由来が怖い、は本当か。大阪の実例で確かめる(2026-07-07)
- 水害と地名の関係 - 「さんずい」地名は本当に危険か(2026-07-07)
噂の土地を調べてみた
- 雛見沢のモデルはどこか — 御母衣ダムと白川郷で確かめられたこと(2026-08-28)
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- 痕跡マップについて — なぜ土地の記憶を地図にするのか(2026-07-07)
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