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歴史の痕跡

住吉に御所が二つある — 承久の後鳥羽院、正平の後村上天皇

2026-08-19 | 執筆・編集:痕跡マップ編集部

大阪市住吉区を歩いていると、住宅街の中に「御所」の跡が二つある。

ひとつは止止呂支比賣命神社の境内にある若松御所。もうひとつは、そこから北へ1キロほどの住吉行宮跡

どちらも天皇・上皇がこの地に滞在した跡である。そして、どちらも鎌倉・室町の武家政権に敗れた側の御所だった。

若松御所 — 承久3年(1221)

止止呂支比賣命神社の社殿の奥に、「若松御所」と題した碑が立っている。刻まれている内容は、こうである。

若松御所の碑
若松御所の碑

鎌倉初期の承久3年、後鳥羽院は討幕の軍を起こすため、熊野詣と称して、浪華住吉の豪族であった津守一族をはじめ、大和・河内の兵を募った。そのとき住吉大社の神主・津守経国は、後鳥羽院を迎えるため、若い松が多く植えられていたこの神社の境内に御所を造営したと伝えられる。その年の2月に後鳥羽院が入御し、この社で国家の安泰と武運長久を祈った——。

この「若松御所」の名から、当社は若松神社・若松さんと呼ばれるようになった、と碑は続ける。

若松御所の跡とされる一角
若松御所の跡とされる一角

承久3年は、承久の乱の年である。5月に後鳥羽院は北条義時追討の宣旨を出し、6月には敗れて隠岐へ流された。碑が伝えるのは、その挙兵の三か月前、熊野詣を装って西国の兵を集めていたという段階の話になる。

なお、この経緯を記す資料として私が確認できたのは、この現地碑文だけである。碑は神社が建てたもので、社伝を刻んだものと考えられる。承久の乱そのものは史実だが、後鳥羽院がこの境内に御所を営んだという部分は、社に伝わる話として読むのが正確だろう。

住吉行宮 — 正平7年〜23年(1352〜1368)

もうひとつの御所は、性格が違う。こちらは国の史跡に指定されている。

住吉行宮跡の石柱
住吉行宮跡の石柱

南北朝時代、南朝の後村上天皇が、住吉大社の神主・津守氏の邸内にあった正印殿を行宮(仮の御所)とした。大阪市の公式ページは「正平7年(文和元年1352)には吉野からここに移り」「長慶天皇が即位、吉野に移るまでの約9年間行宮であった」「正平23年(応安元年1368)ここで崩御」と記す。

現地の説明板は文部省が昭和16年(1941)3月11日に建てたもので、より細かい。

文部省の説明板
文部省の説明板

住吉神社舊祠官津守氏居館内正印殿の一部なり
後村上天皇正平七年二月二十八日賀名生の行宮より着御 津守國夏の館を御座所と定め給ひ閏二月十五日迄御駐輦あらせられ
其の後正平十五年観心寺行宮より再び行幸あり 同二十三年三月十一日遂に此の行宮に於て崩御遊ばされたり

正平7年(1352)2月28日に賀名生(あのう。現在の奈良県五條市)の行宮から到着し、閏2月15日まで滞在。その後、正平15年(1360)に観心寺の行宮から再びこの地へ移り、正平23年(1368)3月11日にここで崩御した——。

説明板はさらに、明治元年(1868)4月20日に明治天皇が住吉神社へ行幸した際、正印殿で小休止したことも記している。

ひとつ気づいたことがある。この説明板が建てられた日付は昭和16年3月11日。説明板自身が崩御の日とする3月11日と、同じ月日である。五百七十三年後の同じ日に、文部省はこの板を立てた。

二つの御所に共通するもの

若松御所は承久3年(1221)、住吉行宮は正平7年から23年(1352〜1368)。百三十年ほどの隔たりがある。

だが、二つには共通点が多い。

住吉大社は航海と外交の神として、古代から国家の祭祀に関わってきた。その神主家の館が、二度にわたって「都から追われた側」の拠点になっている。地理的には、海に開いた港であり、紀州街道と熊野街道の要衝でもあった。兵と物資を集めるのに、これほど都合のいい場所はなかったのだろう。

いま若松御所の跡には相撲部屋の建物が隣り合い、住吉行宮跡は民家に囲まれている。どちらも柵と碑と説明板があるだけで、御所らしいものは何も残っていない。

歩いて15分ほどの距離に、敗れた二つの朝廷の記憶が別々に残っている。

場所と資料は住吉行宮跡のページに。若松御所については、福跡マップの現地レポ止止呂支比賣命神社へ行ってきましたで境内の様子を書いている。

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参考・出典

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