住吉大社(海に向かって西を向く本宮)|何があった場所か
海に向かって西を向く4棟の本宮を持つ、全国約2300社の住吉神社の総本社。住吉三神は『日本書紀』で往来の船を見守る神とされ、古代の住吉津・難波津とともに航海・港の守護神として信仰された。多くの神社が南や東を向くなか、西面する配置は海との関わりを示すとされる。

近くの痕跡
- 住吉行宮跡(正印殿跡・後村上天皇崩御の地)(死の痕跡・約389m)
- 住吉高燈籠(かつての海岸線を示す灯台跡)(水の痕跡・約631m)
- 帝塚山古墳(住宅街に残る前方後円墳)(死の痕跡・約1.1km)
- 大和川の付け替え(宝永元年)と大和橋(水の痕跡・約1.9km)
時のながれ
- 古墳時代 — 住吉津・難波津の要港とともに、航海・港の守護神として祀られたと伝わる。
- 奈良時代 — 遣唐使の派遣に際し、海上の無事が祈られたとされる。
- 江戸期 — 海上輸送の隆盛とともに運送船業者らの信仰を集め、境内に多数の石燈籠が奉納された。
- 現代 — 本宮4棟が海(西)を向く配置で現存し、方位と海への信仰を今に伝える。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 祭神、航海の守護、本宮が西を向いている配置を、神社の公式と『日本書紀』を引用する記述で確認した。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 創建を神功皇后摂政11年(西暦211年)とするのは社伝に基づく年代であり、史実として確定していない。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- 住吉大社(すみよっさん・初辰まいりの信仰)同じ社を、いまも参られている側から見たページ。
- 種貸社(住吉大社・初辰まいり一番目)境内北側の摂社。初辰まいりの一番目。
- 楠珺社(住吉大社)千年楠を祀る境内末社。初辰まいりの二番目。
参考・出典
3件出典に基づいて掲載している
- 住吉大社の由緒
住吉大社(公式) - 住吉大社の神様
住吉大社(公式) - 住吉大社 - Wikipedia
Wikipedia(脚注に『日本書紀』を引用)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :名前を「住吉大社(西向き本宮と航海の守護)」から「住吉大社(海に向かって西を向く本宮)」に改めた。福跡マップの同じ社のページと、名前の主語を分けるため(航海の守護は信仰の側の言葉のため名前から外した)。時のながれの「遣隋使・遣唐使の派遣に際し、海上の安全が祈られた」を、神社公式の言い方どおり「遣唐使の派遣に際し、海上の無事が祈られた」に改めた。遣隋使は飛鳥時代の派遣で、奈良時代の項にも合わないためだ。
この場所について
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