千日デパート火災の地|何があった場所か

1972年5月、死者118名を出した日本のビル火災史上最悪級の惨事が起きた場所。跡地には現在商業施設が建つ。犠牲者への哀悼を前提に、都市防災史の痕跡として記録する。
時のながれ
- 1972 — 5月13日夜22時27分頃出火、死者118名・負傷者81名。戦後日本のビル火災として最大級の惨事。
- 1981-1984 — 火災跡地で新ビル(エスカールなんば)が建設・開業(プランタンなんば等がテナントとして入居)。
- 現代 — 跡地には後年、商業施設が建てられ現在に至る。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 火災の発生と被害の規模は、消防・行政資料を引用したWikipediaの記述と、関西テレビの50年後の検証報道で確認した。
そのため、このページではこうしています
- 現在この場所に入っている事業者は、火災とは関係がない。
- 座標は2026年7月30日に現地で実測した値である。
現地確認: 実施済み
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 消防や行政が出した原典の報告書そのものには到達していない。
参考・出典
- 千日デパート火災 - Wikipedia
Wikipedia(出典に消防・行政資料を引用) - 史上最悪「千日デパート火災」 よみがえる50年前の記憶
関西テレビ放送(カンテレ)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
近くの痕跡
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