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地 地の痕跡 資料候補

難波島跡(木津川に消えた中州・月正島)|何があった場所か

史実として広く知られているが、当プロジェクトとしては一次資料での検証が未完了の情報です。
位置精度: 推定

かつて木津川の河口部にあった中州・難波島。元禄12年(1699)に河村瑞賢が島を貫く水路を開削して川筋をまっすぐにし、島は西の難波島と東の月正島に二分されたと伝わる。その後の埋立・陸続き化で島の姿は消え、現在は大正区・浪速区の市街地となっている。

時のながれ

備考

開削=元禄12年(1699)・河村瑞賢はWikipedia(木津川)で確認。島の二分と月正島の命名、現在の帰属(難波島側=大正区・月正島側=浪速区)は140B(大阪の地名連載)で確認。ピンは両区を分ける現・木津川筋(大浪橋付近)に置いた推定位置。一次資料(大阪市史等)未到達のため資料候補。昭和57年まで渡船があったとの情報は個人サイト由来のため不採用。

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参考・出典

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