十三間堀川跡(阪神高速堺線下・浪速神社西側)|何があった場所か
浪速神社の西側をかつて流れていた堀川。川沿いには家々が並んでいたが、昭和44年(1969年)に埋め立てられ、その上に阪神高速道路堺線が整備された。高架下の道筋に、失われた川筋の輪郭が今も残る。
時のながれ
- 近代以前 — 浪速神社の西側を流れ、川沿いに家並みが続く暮らしの水路だった。
- 1969年(昭和44年) — 埋め立てられ、跡地に阪神高速道路堺線が整備された。
- 現代 — 高架下を走る道路の線形に、かつての川筋の面影をとどめる。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 埋立の年(昭和44年)と阪神高速堺線の整備は、浪速区の公式の年表で確認した。
そのため、このページではこうしています
- 川は線状に伸びるため、座標は浪速神社の西側の代表点である。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 開削の年代は、確認した資料からは分からなかった。
参考・出典
- 浪速区制100周年プレ企画 ルックバック浪速区(第5回浪速地域)
大阪市浪速区(公式) - コラム2 「水の都」大阪
大阪市(公式)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
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