放出(はなてん)地名|何があった場所か
難読地名「放出」は、古代の河内湖の水が旧淀川へ放出される場所だったからとする説がある。水と地形の記憶が地名に残る例(他に草薙剣伝説・馬の放牧地説も併存)。
時のながれ
- 古代〜中世 — 河内湖からの湖水が大和川・寝屋川の流れと合流し、淀川(現・大川)へ注ぐ「放出口」であったとされる。仁徳天皇の頃に樋を作り水を調節して「放ち出した」ことに由来するという説も併記されている。
- 中世 — 「放出の渡し」という渡船場がこの地に存在したとされる。
- 1974年 — 放出東1〜3丁目が放出中1〜3丁目を編入し鶴見区へ転属。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 大阪市城東区・鶴見区の公式サイトに、由来の説が記載されていることを確認した。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 由来には複数の説が併存しており、自治体のサイトも「〜と考えられる」という推定の表現にとどめている。
参考・出典
- 大阪市城東区:地名の由来(区のプロフィール)
大阪市城東区役所 - 大阪市鶴見区:区名、地名の由来(区政情報)
大阪市鶴見区役所
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
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