蒲生(がもう)地名|何があった場所か
蒲生は、大阪市城東区公式サイトによれば「蒲穂(がまほ、五畿内産物図会に記録された名産品)の産地」であったことに由来するとされる地名。旧大和川(寝屋川)北岸の低地帯だった。

近くの痕跡
- 京橋駅空襲被爆地(慰霊碑)(戦の痕跡・約874m)
- 鴫野古戦場跡(大坂冬の陣・鴫野の戦い)(戦の痕跡・約1.2km)
- 大阪砲兵工廠跡(大阪城公園東部〜OBP)(戦の痕跡・約1.4km)
- 第3回大阪大空襲の被災域(都島区中心・市街東北部)(戦の痕跡・約1.7km)
時のながれ
- 江戸期 — 蒲生村として成立し、五畿内産物図会に村の名産品「蒲穂」が記載されたとされる(自治体資料に基づく)。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 蒲穂の産地であったことに由来するとする説を、大阪市城東区の公式ページで確認した。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 産物に由来するというニュアンスが主だが、『五畿内産物図会』の原典までは確認していない。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
参考・出典
2件出典に基づいて掲載している
- 地名の由来(区内北西部)- 大阪市城東区
大阪市(城東区役所) - 地名の由来 - 大阪市城東区(トップ)
大阪市(城東区役所)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :編集部の調査メモの蒲生の地名の由来を、「湿地に由来するという説」から「蒲穂の産地であったことに由来するとする説」に改めた。城東区の公式ページが由来として挙げるのは蒲穂の産地であることで、蒲生の項に湿地の語は無いためだ。
- :9月28日の訂正が調査メモにとどまり、説明文に旧の記述(「水辺の植物「蒲(がま)」が生い茂る低湿地だったことに由来するとされる」)が残っていたため、同じ内容に改めた。由来は、大阪市城東区の公式ページが記す、蒲穂の産地であったことに由来するとする説とした。
この場所について
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