蒲生(がもう)地名|何があった場所か
蒲生は、水辺の植物「蒲(がま)」が生い茂る低湿地だったことに由来するとされる地名。大阪市城東区公式サイトでは「蒲穂(がまほ、五畿内産物図会に記録された名産品)の産地」に由来するとされ、旧大和川(寝屋川)北岸の低地帯だった。
時のながれ
- 江戸期 — 蒲生村として成立し、五畿内産物図会に村の名産品「蒲穂」が記載されたとされる(自治体資料に基づく)。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 湿地に由来するという説を、大阪市城東区の公式ページで確認した。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 産物に由来するというニュアンスが主だが、『五畿内産物図会』の原典までは確認していない。
参考・出典
- 地名の由来(区内北西部)- 大阪市城東区
大阪市(城東区役所) - 地名の由来 - 大阪市城東区(トップ)
大阪市(城東区役所)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
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