第3回大阪大空襲の被災域(都島区中心・市街東北部)|何があった場所か
1945年6月7日昼、B29爆撃機による第3回大阪大空襲で都島区を中心とする市街東北部が被災したと記録される。都島区は区域の約8割が被災したとされる。
時のながれ
- 1945年6月7日 11時9分〜12時28分 — B29爆撃機409機とされる編隊が来襲(第3回大阪大空襲)。焼夷弾の照準点は都島区高倉町・鶴橋駅付近・天王寺駅付近、大型爆弾は大阪陸軍造兵廠に向けられたと記録される。
- 被害 — 都島区を中心に大阪市東部と尼崎市が被災。被災面積5.7平方キロ、被災戸数約5万8千戸、死者2,759人と記録される。長柄橋付近では避難者に直撃弾があり約400人が犠牲になったと伝えられる。
- 現代 — 市街は戦後復興で姿を変えたが、空襲の記録は平和資料館や区の資料に残されている。
備考
市民サイト(大阪市内で戦争と平和を考える有志)とWikipediaの2資料で日時・被災地域を確認(2026-07-19)。被災面積5.7平方キロ・被災者約19.9万人・死者2,759人と記録される。長柄橋への直撃で約400人が犠牲になったとされる(橋は北区・東淀川区境)。広域被災のため座標は都島区中心部の推定。ピースおおさか等の一次資料での再確認が望ましい。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 旧毛馬第一閘門(淀川改良工事・新淀川開削の遺構)(水の痕跡・約1.6km)
- 京橋駅空襲被爆地(慰霊碑)(戦の痕跡・約1.6km)
- 蒲生(がもう)地名(地の痕跡・約1.7km)
- 大阪天満宮 大将軍社(難波宮の西北を守った社)(方位の痕跡・約2.1km)
参考・出典
- 第3回大阪大空襲(大阪市内で戦争と平和を考える有志(市民サイト))
- 大阪大空襲 - Wikipedia(Wikipedia)