小名木川(塩の道・万年橋)|何があった場所か
天正18年(1590)、江戸に入った徳川家康が行徳の塩を運ぶため開削に着手したと伝わる人工の運河。隅田川と旧中川を東西一直線に結び「塩の道」とも呼ばれる。今も江東区の中央を流れ、区の登録史跡となっている。
時のながれ
- 天正18年(1590) — 江戸に入府した徳川家康が、行徳の塩を江戸へ運ぶため行徳と江戸城を結ぶ運河の開削に着手したと江戸後期の地誌に記される。
- 慶長年間(1596-1615) — 『新編武蔵風土記稿』『葛西志』には慶長年間の開削とも記され、正確な完成年代には諸説がある。
- 寛永6年(1629) — 新川(船堀川)の開削により利根川水系と結ばれ、江戸と関東・東北を結ぶ舟運の大動脈として発展。
- 享保年間(1716-)以降 — それ以前の絵図では「ウナキサハホリ」等と記され、享保以降に「小名木川」の名称が定着したと考えられている。
- 昭和56年(1981) — 江東区文化財条例による登録史跡となる(登録日1981年4月10日)。
備考
深川江戸資料館「資料館ノート136号」PDF全文を取得し本文を確認。『新編武蔵風土記稿』『葛西志』に天正18年着手・慶長年間開削・行徳の塩輸送目的と記される旨、名称の小名木四郎兵衛由来説、昭和56年の江東区登録史跡指定まで一次資料相当で確認。江東区公式史跡ページで登録日1981年4月10日・所在地「大島9-1〜常盤1-1」も確認。開削年代は江戸後期地誌の記述のため「伝わる」の留保を維持。座標は西端の隅田川合流点・万年橋付近(常盤1-1、国土地理院住所検索)。
近くの痕跡
- 「深川」の地名由来(地の痕跡・約576m)
- 六間堀・五間堀跡(五間堀公園)(水の痕跡・約759m)
- 油堀川跡(油堀川公園)(水の痕跡・約1.1km)
- 「両国」の地名由来(両国橋)(地の痕跡・約1.3km)
参考・出典
- 資料館ノート第136号 特別編「江戸幕府の成立と小名木川の開削」
江東区深川江戸資料館(公益財団法人江東区文化コミュニティ財団) - 小名木川(区登録史跡)
江東区