「曽根崎」地名の由来(曾根崎洲・そね説)|何があった場所か
「曽根崎」は、古代には淀川河口の砂州(曾根崎洲)で、石が多く地味のやせた土地を指す「确(そね)」に由来するとされる。南北朝期から史料に見える古い地名で、近世には西成郡曾根崎村が置かれ、1708年(宝永5)には村内に曾根崎新地が成立したと伝わる。
時のながれ
- 古代 — 一帯は淀川河口の砂州(曾根崎洲)だったとされ、やせた土地を指す「确(そね)」が地名の由来と伝わる
- 南北朝期 — 史料に「そねさき」の地名が見えるとされる(濁らないのが古い呼び方)
- 1708年(宝永5) — 西成郡曾根崎村内に曾根崎新地が成立したと伝わる
- 1897年(明治30) — 大阪市の第一次市域拡張により大阪市に編入される
- 現代 — 梅田の繁華街の一角・曾根崎一〜二丁目として地名が残る
備考
由来は『改訂新版 世界大百科事典』(コトバンク)の确(そね)説を採用。Wikipedia「曾根崎」も同旨(曾根崎洲と呼ばれる淀川河口の砂洲)で一致。曽根崎川(蜆川)跡(id49・water)およびお初天神(id27・rumor)と近接するが、本件は地名由来(land)として区別(梅田墓所跡と「梅田=埋田」地名の並立と同じ整理)。ピンは現行の曾根崎一・二丁目の町域中心付近。
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近くの痕跡
- お初天神(露天神社)と曽根崎心中(噂の痕跡・約109m)
- 「梅田=埋田」地名伝承(地の痕跡・約554m)
- 曽根崎川(蜆川)跡(水の痕跡・約619m)
- 中津川跡(新淀川に呑まれた旧河道・北区中津)(水の痕跡・約822m)
参考・出典
- 曾根崎(そねざき)とは - コトバンク
コトバンク(改訂新版 世界大百科事典ほか) - 曾根崎 - Wikipedia
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