ジェーン台風 高潮浸水域(港区・大正区一帯)|何があった場所か
調査中の記録 この地点は、場所と要約・出典だけを置いた記録のページである。資料の確認がまとまったものから、詳しいページに改めていく。
1950年のジェーン台風では高潮により西大阪の低地一帯が広く浸水した。海抜ゼロメートル地帯が広がるこのエリアの水害リスクを象徴する痕跡。実際の浸水域は港区・大正区に限らず、西淀川区・此花区・西区・南区・住吉区など、さらに広範囲に及んだ。

近くの痕跡
- 「九条」地名の由来(衢壌島説・条里制説など)(地の痕跡・約1.6km)
- 第7回大阪大空襲の被災域(此花・桜島の軍需工場精密爆撃)(戦の痕跡・約1.7km)
- 第5回大阪大空襲の被災域(此花・福島・西淀川・城東)(戦の痕跡・約1.7km)
- 安治川(河村瑞賢の開削・九条島を割った川)(水の痕跡・約1.8km)
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この痕跡を掘り下げた記事
参考・出典
3件出典に基づいて掲載している
- 大阪府を襲った主な災害
大阪府(自治体公式) - 大阪港の自然災害対策
大阪市港湾局(自治体公式) - 昭和25年(1950年)ジェーン台風 詳細解説
国土交通省近畿地方整備局 淀川河川事務所
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :説明文と時のながれの浸水した区の一覧から「住之江区」を外した。浸水した区を挙げる唯一の出典である国土交通省淀川河川事務所の一覧に、住之江区が無いためだ。編集部の調査メモの「浸水の範囲は三つの公式資料で確認した」も、範囲を記すのは淀川河川事務所の資料だけなので、大阪府と大阪市港湾局の資料がそれぞれ何を載せているかを分けて書いた。
この場所について
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