第7回大阪大空襲の被災域(此花・桜島の軍需工場精密爆撃)|何があった場所か
1945年7月24日午前、B29約120機が住友金属桜島工場(此花区)と大阪陸軍造兵廠を狙って行った精密爆撃の被災域。此花区・城東区・東区(現中央区)・守口市で被災戸数893戸、死者214人の被害が記録されている。ちょうど81年前の同日の空襲にあたる。
時のながれ
- 1945年7月24日 10:44〜11:01頃 — B29約120機が高度6000〜7000mから飛来。住友金属桜島工場に82機、大阪陸軍造兵廠に35機が精密爆撃を実施したと記録される。
- 同日 — 大阪上空の視界不良のため、造兵廠を狙う予定だった多くの機は爆撃を断念し、予備目標の三重県桑名方面へ向かったとされる。
- 被害 — 被災地域は此花区・城東区・東区(現中央区)・守口市。被災戸数893戸、被災者3,503人、死者214人、重軽傷者329人、行方不明79人と記録されている。
- 現代 — 桜島一帯の工場地帯は戦後の臨海部の変遷を経て姿を変え、空襲の痕跡を地表にとどめるものは少ない。
備考
被災地域・被害数値は「大阪市内で戦争と平和を考える」(有志団体・詳細な回別記録)による。目標(住友金属・造兵廠)と視界不良により多くの機が桑名へ転進した経緯はWikipediaでも一致。B29機数は119機(同有志サイト)と117機(Wikipedia)で微差あり。ピンは主目標の住友金属桜島工場があった此花区桜島付近の推定位置(被災は広域)。
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近くの痕跡
- ジェーン台風 高潮浸水域(港区・大正区一帯)(水の痕跡・約1.7km)
- 第2回大阪大空襲の被災域(此花・港・大正〜市街西部)(戦の痕跡・約2.9km)
- 安治川(河村瑞賢の開削・九条島を割った川)(水の痕跡・約3.2km)
- 「九条」地名の条坊制由来説(諸説併存)(地の痕跡・約3.3km)
参考・出典
- 第7回大阪大空襲(「大阪市内で戦争と平和を考える」有志)
- 大阪大空襲 - Wikipedia(Wikipedia)