第2回大阪大空襲の被災域(此花・港・大正〜市街西部)|何があった場所か
1945年6月1日9時28分から約1時間半、B-29約509機による第2回大阪大空襲が行われ、大阪港・安治川沿岸の臨港地帯を中心に港区・此花区・大正区・福島区・北区などが被災した。被災面積8.2平方キロ、死者3,112人と記録される。此花区では四貫島・梅香・酉島・島屋などが焼け、国民学校2校が全焼したとされる。
時のながれ
- 1945 — 6月1日9時28分〜11時0分、B-29約509機による第2回大阪大空襲。前回(3月)の焼け残り地域と大阪港・安治川沿岸の臨港地帯が昼間の焼夷弾攻撃を受け、港区・此花区・大正区・福島区・北区・天王寺区・東区(現中央区)・大淀区(現北区)が被災。被災面積8.2平方キロ、被災戸数65,183戸、死者3,112人、重軽傷者10,095人、行方不明877人と記録される。
- 1945 — 此花区では四貫島・梅香・酉島・島屋などが焼け、朝日・恩貫島の両国民学校が全焼したとされる。
- 現代 — 被災地一帯は戦後復興を経て住宅地・臨海工業地帯として再建され、当時の面影を直接残すものは少ない。大阪府立図書館に戦災焼失区域を示す地図資料が所蔵される。
備考
広域被災のためピンは此花区四貫島を代表点とした推定(座標はWikipedia「四貫島」の町域座標34.6847,135.4551を採用)。日時・来襲機数・被災区・被害数値は市民教育サイト(大阪市内で戦争と平和を考える会)とWikipedia(脚注に小山仁示らの研究)で一致。大阪府立図書館の展示ページで大空襲8回の枠組みと戦災焼失区域明示図の存在は確認したが、第2回単独の自治体公式ページには未到達のためevidenceは資料候補に留めた。既存spot9(第1回空襲)・spot8(京橋駅=第8回)と回が異なり重複なし。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 安治川(河村瑞賢の開削・九条島を割った川)(水の痕跡・約1.1km)
- 「野田」地名の由来(旧湿地帯・野田藤の名所)(地の痕跡・約1.5km)
- 「九条」地名の条坊制由来説(諸説併存)(地の痕跡・約1.9km)
- ジェーン台風 高潮浸水域(港区・大正区一帯)(水の痕跡・約1.9km)
参考・出典
- 第2回大阪大空襲(大阪市内で戦争と平和を考える会)
- 第180回大阪資料・古典籍室小展示「大阪・空襲の記録」(大阪府立図書館(公的機関))
- 大阪大空襲 - Wikipedia(Wikipedia(脚注に小山仁示『大阪大空襲』等の一次出典あり))
- 大阪空襲死没者名簿(ピースおおさか大阪国際平和センター(府市設立))