第2回大阪大空襲の被災域(此花・港・大正〜市街西部)|何があった場所か
1945年6月1日朝、B-29 458機とP-51少数機による第2回大阪大空襲が行われ、大阪港・安治川沿岸の臨港地帯を中心に港区・此花区・大正区・福島区・北区などが被災した。大阪市の資料では65,183戸・218,682人が被災し、3,112人が亡くなったと記録される。此花区では四貫島・梅香・酉島・島屋などが焼け、国民学校2校が全焼したとされる。
時のながれ
- 1945 — 6月1日9時28分〜11時0分(時刻は二次資料による)、B-29 458機による第2回大阪大空襲。前回(3月)の焼け残り地域と大阪港・安治川沿岸の臨港地帯が昼間の焼夷弾攻撃を受け、港区・此花区・大正区・福島区・北区・天王寺区・東区(現中央区)・大淀区(現北区)が被災。被災面積8.2平方キロ、被災戸数65,183戸、死者3,112人、重軽傷者10,095人、行方不明877人と記録される。
- 1945 — 此花区では四貫島・梅香・酉島・島屋などが焼け、朝日・恩貫島の両国民学校が全焼したとされる。
- 現代 — 被災地一帯は戦後復興を経て住宅地・臨海工業地帯として再建され、当時の面影を直接残すものは少ない。大阪府立図書館に戦災焼失区域を示す地図資料が所蔵される。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 来襲機数(B-29 458機・P-51少数)、被災65,183戸・218,682人、死者3,112人は、大阪市の公式の空襲一覧で確認した。
- 時間帯や区ごとの被災の詳細は、小山仁示らの研究を典拠とする二次資料で確認した。大阪府立図書館の展示ページで、戦災焼失区域を示した図の存在も確認している。
そのため、このページではこうしています
- 広域の被災のため、ピンは此花区四貫島を代表点とした推定である。被災の範囲を示すものではない。
現地確認: 未実施
参考・出典
- 第2回大阪大空襲
大阪市内で戦争と平和を考える会 - 第180回大阪資料・古典籍室小展示「大阪・空襲の記録」
大阪府立図書館(公的機関) - 大阪大空襲 - Wikipedia
Wikipedia(脚注に小山仁示『大阪大空襲』等の一次出典あり) - 大阪空襲死没者名簿
ピースおおさか大阪国際平和センター(府市設立) - 大阪空襲の概要(空襲一覧)
大阪市(公式)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 安治川(河村瑞賢の開削・九条島を割った川)(水の痕跡・約1.1km)
- 「野田」地名の由来(旧湿地帯・野田藤の名所)(地の痕跡・約1.5km)
- 「九条」地名の由来(衢壌島説・条里制説など)(地の痕跡・約1.9km)
- ジェーン台風 高潮浸水域(港区・大正区一帯)(水の痕跡・約1.9km)