模擬原子爆弾投下跡地之碑(恩楽寺)|何があった場所か
1945年7月26日、広島原爆投下の11日前、東住吉区田辺の住宅密集地に模擬原子爆弾(パンプキン爆弾)が投下され、死者7人・負傷者73人が出たとされる。跡地には慰霊碑が建てられ、現在は恩楽寺山門に移設されている。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 東住吉区の公式サイトで、日時・場所・被害の規模・碑が移された経緯を直接確認した。
そのため、このページではこうしています
- 日時・被害は東住吉区の公式の記述に基づく。投弾箇所や時刻の細部には、資料間で記述の差があるとされる。
- 座標は恩楽寺の所在地に合わせている。
現地確認: 未実施
参考・出典
- 大阪市東住吉区:078 模擬原子爆弾投下跡地之碑(東住吉100物語>寺社・史跡・伝承)
大阪市東住吉区役所(自治体公式) - パンプキン爆弾 - Wikipedia
Wikipedia(脚注に新聞報道・郷土資料等を引用、投弾箇所や時刻は資料により異なると明記) - 大阪に落とされた模擬原爆(東住吉区田辺)
戦跡巡礼(個人サイト、現地取材・碑文の記録) - 大阪に落とされた模擬原爆 - 空襲の記録 - 未来に残す 戦争の記憶
Yahoo! JAPAN(戦争アーカイブ企画)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
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