安倍晴明神社(晴明生誕伝承地と誕生地の碑)|何があった場所か
平安時代の陰陽師・安倍晴明の生誕伝承地とされる社。境内に誕生地の碑や産湯井の跡が残り、大阪市の「歴史の散歩道」でも生誕伝承地として紹介されている。生誕地には諸説あり、白狐・葛の葉の説話でも知られる。

近くの痕跡
- 帝塚山古墳(住宅街に残る前方後円墳)(死の痕跡・約1.6km)
- 模擬原子爆弾投下跡地之碑(恩楽寺)(戦の痕跡・約1.6km)
- 鳶田(飛田)刑場・墓所跡(死の痕跡・約1.8km)
- 茶臼山(大坂の陣 両軍本陣跡・天王寺公園)(戦の痕跡・約2.2km)
時のながれ
- 平安中期 — 晴明(生年は921年・944年など諸説、没年は1005年)が亡くなった後、寛弘年間(1004-12)に生誕地とされるこの地に創祀されたと伝わる
- 江戸期 — 文政年間に晴明誕生の地を示す碑が建てられたとされ、その後幕末に衰退したという
- 大正10年(1921) — 阿倍王子神社の末社として復興、大正14年に現社殿が建てられたとされる
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 「生誕伝承地」であることは、大阪市建設局の公式ページと、国立国会図書館のレファレンスで確認した。
そのため、このページではこうしています
- 大正10年(1921年)に阿倍王子神社の末社として復興されたとされる。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 生誕地には諸説があり、いずれも伝承である。創祀の年代(寛弘年間)は社伝による。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- 安倍晴明神社(厄除け・魔除けの信仰)同じ社を、いま祀られている側から見たページ。
参考・出典
3件出典に基づいて掲載している
- 15.安倍晴明生誕伝承地(歴史の散歩道)
大阪市建設局 - 阿倍野区にある安倍晴明神社と安倍晴明との関係について
国立国会図書館 レファレンス協同データベース - 安倍晴明神社について
安倍晴明神社
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :名前を「安倍晴明神社(晴明生誕伝承地)」から「安倍晴明神社(晴明生誕伝承地と誕生地の碑)」に改めた。福跡マップの同じ社のページと、名前の主語を分けるため。時のながれの晴明の生没年「921-1005」を「生年は921年・944年など諸説、没年は1005年」に改めた。神社公式は944年の生誕とし、国立国会図書館のレファレンスも生年に諸説あると記すためだ。
この場所について
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