立売堀(いたちぼり)川跡|何があった場所か
調査中の記録 この地点は、場所と要約・出典だけを置いた記録のページである。資料の確認がまとまったものから、詳しいページに改めていく。
難読地名として知られる「立売堀」は、かつてここに堀川があった痕跡そのもの。川は埋め立てられ、地名だけが残った。

近くの痕跡
- 薩摩堀川跡(薩摩堀北公園・碑)(水の痕跡・約107m)
- 阿波堀川跡(西本町・阿波座)(水の痕跡・約304m)
- 海部堀川跡(靱本町・靱公園西側)(水の痕跡・約400m)
- 戦災復興土地区画整理事業の痕跡(西区・幹線道路網)(戦の痕跡・約470m)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- サムハラ神社堀の名が地名として残る、その立売堀に鎮座する社。
参考・出典
3件出典に基づいて掲載している
- 大阪市:コラム2「水の都」大阪
大阪市(自治体公式) - 立売堀 - Wikipedia
Wikipedia(脚注に『摂津名所図会大成』『大阪の橋』を引用) - 立売堀川 - Wikipedia
Wikipedia(出典: 角川日本地名大辞典 27 大阪府)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :時のながれの開削の項を改めた。「元和年間頃または寛永3年頃に開削されたとする説がある」としていたが、出典で確かめると1620年(元和6年)に着工し、中断を経て1626年(寛永3年)に完成したという一続きの経緯だったため、そのとおりに書き直した。埋立の項にも、1956年(昭和31年)とする資料があることを書き足した。9月29日には、時のながれに残っていた資料の確かめ方の書き込みを外してまだ分かっていないことへ移し、開削の年の拠りどころであるWikipediaの「立売堀川」の記事を参考・出典に加えた。
この場所について
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