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黒川樋門(くろかわひもん)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 町域 / 最終確認日: 2026-09-09

黒川樋門は、名古屋市北区辻町字古新田に残る石造の樋門である。名古屋市は、庄内川から黒川(堀川)へ用水を引くために設けた樋門であり、水は矢田川の地下を通って、ここから黒川へ流れ込むと記す。市の説明によれば、三連の樋門に二つの石段が備わり、巻上機の上屋は木造で復元されたものである。構造の欄は石造とだけ記し、煉瓦を用いたという記載は市の資料に見あたらない。

黒川そのものの成り立ちは、北区が配る史跡散策路の解説に書かれている。北区は、御用水が庄内川の水を名古屋城内へ引き入れるために開かれ、これに並行する黒川は黒川治愿(くろかわはるよし)により明治9年(1876)に竣工し、翌年完工したと記す。川の名は、開削を指揮したこの人物に由来する。

分水の仕組みは、いまは失われた貯水池を抜きにしては見えてこない。北区の山田の庄散策コースの解説は、矢田川の川底を伏越して三階橋付近に大きな貯水池をつくり、ここから庄内用水・黒川・御用水へ分流したと記す。この貯水池は「天然プール」の愛称で親しまれたが、昭和53年の三階橋ポンプ所の建設で埋め立てられたという。黒川樋門は、その貯水池から南へ黒川を分けていた口にあたる。

指定の履歴も一本道ではない。名古屋市は黒川樋門を平成4年10月5日に都市景観重要建築物等の第3回指定物件とし、のちに令和2年2月26日、景観法にもとづく景観重要建造物へ移行させた。同じ令和2年2月26日の指定には、庄内川側の取水口である庄内用水元杁樋門も並ぶ。ただし景観重要建造物は文化財の指定とは別の制度である。名古屋市が公開する国指定・国登録・県指定・県登録・市指定・市登録の六つの一覧に、黒川樋門の名は載らない。

現地では樋門の上を人が通れるようになっており、黒川の水面を間近に見ることができる。国土交通省の資料は、下流で名古屋友禅の友禅流しを再現する催しが行われることも挙げる。

黒川樋門(くろかわひもん)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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