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矢田川伏越(川の下をくぐって水を渡した仕掛け)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-09-12

名古屋市守山区と北区の境を流れる矢田川の下を、用水がくぐっている。名古屋市守山区は、延宝4年(1676年)、庄内川の水を名古屋城の堀へ送る御用水を矢田川と立体交差させるために尾張藩が建設したとし、矢田川の下をくぐる長さ177メートルの巨大木造トンネルであったと記す。川と川を平面で交わらせず、下を通す。伏越とは、その仕掛けを指す言葉である。

区は、明治から大正時代には犬山と納屋橋の間を結ぶ運河(航路)として使われ、舟が通っていたと記す。水を送るための穴が、人と荷を運ぶ道にもなっていた。区の説明によれば、矢田川伏越の出口には大きな分水池が築造され、そこから庄内、志賀、上飯田の各用水、黒川、御用水に分水し、配水された。分水池は天然プールとして親しまれたが、ポンプ場の建設により廃止されている。地上から目にできるのは、出口側にあたる黒川樋門の三連の石門のほうで、川の下の本体は今も見えないままである。

矢田川伏越(川の下をくぐって水を渡した仕掛け)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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