方違神社(堺市・方除けの社)|何があった場所か
「ほうちがい」の名の通り、方位の災いを除ける「方除け」信仰で古くから知られる神社。引っ越し・旅行前に参拝する風習が今も残る。
時のながれ
- 伝承(崇神天皇8年/紀元前90年) — 社伝によれば崇神天皇8年12月29日、勅願により物部大母呂隅足尼を茅渟の石津原に遣わせ須佐之男神を祀らせたのが創建とされる。史実確定ではなく神社側の社伝・由緒書きに基づく伝承。
- 古代〜中世 — 摂津国・河内国・和泉国の境界(三国山、現・三国ヶ丘)に鎮座し、いずれの令制国にも属さない「方位のない地」とされ、方違え・方除けの信仰対象として知られるようになったとされる。
- 現代 — 現在も「ほうちがいさん」として親しまれ、転居・旅行前の方除け祈願で参拝者を集める。毎年5月31日に粽(ちまき)を奉納する「ちまき祭」が行われている。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 由緒は神社の公式、堺市の公式、観光協会の資料で確認した。
そのため、このページではこうしています
- 座標は実際の所在地(堺東駅の南東)である。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 創建の年代(崇神天皇8年)は社伝によるもので、史実として確定しているわけではない。
参考・出典
- 方違神社公式サイト|由緒
方違神社 - 方違神社|スポット|堺観光ガイド
堺観光コンベンション協会(堺市の公式観光サイト) - 方違神社のくろがねもち
堺市(文化財ページ)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
近くの痕跡
- 旧天王貯水池(明治の煉瓦造水道遺構)(水の痕跡・約337m)
- 「三国ヶ丘」と三国の境(市名「堺」の由来)(地の痕跡・約1.2km)
- 堺環濠都市の濠跡(土居川・内川)(水の痕跡・約1.3km)
- 鉄炮鍛冶屋敷と「鉄砲町」(鉄砲鍛冶の町の痕跡)(地の痕跡・約1.7km)
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- 方違神社同じ社を、方災除けの信仰の側から見たページ。