旧天王貯水池(明治の煉瓦造水道遺構)|何があった場所か
明治43年(1910)、堺で最初の上水道の配水池として築かれた煉瓦とコンクリート造の貯水池。凱旋門風の入口が特徴で、昭和39年(1964)まで約50年間水を配り続けた。国の登録有形文化財。内部は通常非公開で、年に数回の公開日に見学できる。
時のながれ
- 1910年(明治43) — 堺市街地で初の上水道施設として天王貯水池が完成。人口6万人規模への給水を担う。
- 1964年(昭和39) — 配水池としての役割を終える。約50年間の現役だった。
- 2001年(平成13)8月28日 — 国の登録有形文化財に登録される。
- 現在 — 遺構が現地保存され、年に数回の一般公開日に内部を見学できる(通常は非公開)。
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近くの痕跡
- 方違神社(堺市・方除けの社)(方位の痕跡・約337m)
- 堺環濠都市の濠跡(土居川・内川)(水の痕跡・約1.3km)
- 第6回大阪大空襲の被災域(堺市街中心・堺大空襲)(戦の痕跡・約1.8km)
- 「百舌鳥」地名の由来(百舌鳥古墳群・百舌鳥耳原伝承)(地の痕跡・約1.8km)
参考・出典
- 旧天王貯水池(登録有形文化財)
堺市(公式) - 天王貯水池 - Wikipedia
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