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戦 戦の痕跡 資料確認済み

第6回大阪大空襲の被災域(堺市街中心・堺大空襲)|何があった場所か

位置精度: 推定

1945年7月10日未明、B29の焼夷弾攻撃で堺の市街中心部が焼失したとされる第6回大阪大空襲(堺大空襲)。堺市の記録では市内5次の空襲で1,870余人が犠牲になったとされ、大仙公園の平和塔などが今も犠牲者を追悼しています。

時のながれ

備考

ピンは被災の中心とされる堺旧市街(環濠都市エリア)の中心部に推定で設置。総務省ページによれば旧龍神駅付近が市内で最も被害が大きかったとされる。第6回単独の死者数は資料により差がある(堺・住吉・貝塚合計で1,394人とする資料あり)ため、summaryでは堺市の5次空襲合計の記録を採用。堺区大町に「堺大空襲を偲び平和を祈念する碑」(2009年建立)がある。

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参考・出典

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