「三国ヶ丘」と三国の境(市名「堺」の由来)|何があった場所か
「堺」の市名は、摂津・河内・和泉の三国の「境」に発展した町であることに由来するとされます。その三国の境にあたる丘が「三国ヶ丘」。駅名や北三国ヶ丘町などの町名に今も残り、市章も由来を受けて「市」の字を三つ組み合わせた意匠です。
時のながれ
- 律令時代 — 摂津・河内・和泉の三国の境にあたる丘が「三国丘(三国山)」と呼ばれたとされ、三国の境に発展した町が「堺」の名の由来と伝わる。
- 1895年(明治28)6月 — 三国の境という由来を受け、「市」の字を三つ組み合わせた堺市章が制定される。
- 現代 — JR阪和線・南海高野線の三国ケ丘駅や、北三国ヶ丘町・中三国ヶ丘町などの町名に「三国」の名が残る。
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近くの痕跡
- 旧天王貯水池(明治の煉瓦造水道遺構)(水の痕跡・約872m)
- 方違神社(堺市・方除けの社)(方位の痕跡・約1.2km)
- 「百舌鳥」地名の由来(百舌鳥古墳群・百舌鳥耳原伝承)(地の痕跡・約1.3km)
- 堺環濠都市の濠跡(土居川・内川)(水の痕跡・約1.8km)