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伝豊太閤湯山御殿跡(神戸市立太閤の湯殿館)|何があった場所か

位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-03

有馬温泉の南、愛宕山の山腹に建つ極楽寺では、庫裏の床下に残る石組みが「太閤の湯殿あと」と語り伝えられてきた。神戸市教育委員会文化財課が庫裏の建て替えなどに伴い1996年12月から1998年12月まで四次にわたって行った発掘調査は、この石組みが元禄8年(1695)の火災層を掘り込んで積まれたもので、豊臣秀吉の御殿とは関わらないと記す。そして同じ報告書は、その石垣のさらに下から安土桃山時代の湯屋の遺構が現れたと記す。確認されたのは、半地下式の蒸し風呂二基、石積みで方形の枠を作る岩風呂二基(内法一辺およそ2.1メートル、深さ65センチメートル、底面には酸化鉄が硬く沈着)、湯を引く樋と泉源、直径およそ3メートルの池を中心とする庭園、そして帯曲輪の石垣である。出土した瓦の一部は大坂城出土の軒丸瓦と同じ笵で作られたものだと大阪城天守閣のコラムは記す。同じ報告書の年譜は、御殿が文禄3年(1594)に町屋65軒を退去させて造成されたこと、慶長元年(1596)閏7月の大地震で大破したこと、慶長3年(1598)に再建されたものの同年5月の湯治は果たされず8月に秀吉が没したことを記す。掘り出された湯屋は、主が入らないままのものだったことになる。神戸市は1999年(平成11)4月施行の条例で、伝湯山御殿の遺構と出土品を保存し公開する神戸市立太閤の湯殿館を設けた。館は蒸し風呂と岩風呂を出土した位置のまま露出展示し、庭園は遺構の真上ちょうど1メートルの高さに復元したと報告書は記す。神戸市文化財保存活用地域計画の一覧は、ここを市指定史跡「伝豊太閤湯山御殿跡」として掲げる。

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