阪神大水害の水災紀念碑(住吉川・落合橋)|何があった場所か
1938年7月、神戸を中心に雨が降り続き、六甲山の各所で土石流が起きた。国土交通省六甲砂防事務所の記録では総雨量461.8ミリ、住吉川では上流の崖が崩れて大谷橋と落合橋が流失したとされる。落合橋の東に立つこの碑は、台座の右わきに当時の洪水水位を刻み、水がどこまで届いたかを今に伝える。この災害を機に、六甲山地では国の直轄による砂防事業が始まった。
時のながれ
- 1897年(明治30年)3月 — 砂防法が制定される。六甲山地では1895年に兵庫県が武庫川流域の逆瀬川で砂防事業に着手していた。
- 1938年(昭和13年)7月3日〜5日 — 神戸を中心に雨が降り続き、総雨量461.8ミリ、5日の最大時間雨量60.8ミリを記録した。
- 1938年(昭和13年)7月5日 — 六甲山の各所で土石流が発生し、住吉川が氾濫した。上流の両岸の崖が崩れ落ち、大谷橋と落合橋が流失した。
- 1938年(昭和13年)9月 — 内務省六甲砂防事業所が設置され、六甲山地で国の直轄による砂防事業が始まった。
- 1939年(昭和14年) — 国土地理院は、落合橋の東に水災紀念の碑が建てられた年を1939年とする。同年3月には阪神大水害復興計画が策定された。
- 1957年(昭和32年)3月 — 住吉川の上流に、高さ30メートルの五助えん堤が完成した。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 国土交通省近畿地方整備局六甲砂防事務所の六甲山の災害史のページは、1938年7月3日から5日の総雨量を461.8ミリ、5日の最大時間雨量を60.8ミリとし、死者671人・行方不明24人・被災家屋119,895戸と記す。
- 同事務所の住吉川の被害状況のページは、住吉川上流の両岸の崖が崩れ落ち、大谷橋と落合橋が流失したと記す。
- 同事務所の砂防事業史の年表は、1938年9月に内務省六甲砂防事業所が置かれ、六甲山地で国の直轄による砂防事業に着手したと記す。
- 同事務所は、六甲山の花崗岩が細かい亀裂から風化してマサ土と呼ばれる崩れやすい砂状の土になり、大雨のときに一気に崩れ出して土石流となって流れ下ると説明する。
- 国土地理院は、この碑を阪神大水害の自然災害伝承碑として登録し、台座の右わきに最高時の洪水水位が刻まれていると記す。建立は1939年とする。
- 国土地理院が公開する碑の写真では、正面に水災紀念、右側に昭和十三年七月五日と右 有馬道、左側に左 六甲道の文字が読み取れる。傍らには洪水水位の碑と題した解説板が立つ。
- 神戸市の過去の神戸市での水害のページと、兵庫県のハザードマップの記録は、いずれも神戸市の被害を死者616人、被災家屋約9万戸と記す。
- 六甲砂防事務所のページは、谷崎潤一郎が細雪のなかでこの災害の様子を描いたと記す。
そのため、このページではこうしています
- 死者の数は集計の範囲がそろわないため、神戸市と兵庫県の数字、六甲砂防事務所の数字を並べて示した。
- 碑の名は、公開されている写真で読み取れる刻字に合わせて水災紀念とした。
- 碑は道路沿いに立ち、周囲は住宅地である。見学は道路からとし、近隣の敷地には立ち入らないよう願いたい。雨のあとは川が増水することがあるため、川へは下りないこと。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 台座に刻まれた洪水水位が地面から何メートルにあたるのかを示す資料は確認できなかった。
- 碑を建てた人や団体、また碑文の全文を記した資料は確認できなかった。
- 当時この災害が山津波と呼ばれたことは神戸市が公開する写真の説明文などに見えるが、その呼び方がいつからどの範囲で使われたのかまでは確認できなかった。
- 死者の数は資料によって異なる。神戸市と兵庫県は神戸市の被害として死者616人とするが、六甲砂防事務所は死者671人・行方不明24人とし、こちらは集計の範囲が記されていない。
- 碑の名の表記もそろわない。国土地理院の一覧は水災記念と記すが、公開されている写真で読み取れる刻字は水災紀念である。
- 所在地の表記もそろわない。国土地理院の一覧は神戸市東灘区住吉台とするが、地図の住所照会では西岡本七丁目が返る。いずれも神戸市東灘区で、住吉川沿いの町境に近い。
参考・出典
- 六甲山の災害史(六甲砂防)
国土交通省近畿地方整備局 六甲砂防事務所 - 阪神大水害 住吉川の被害状況
国土交通省近畿地方整備局 六甲砂防事務所 - 六甲山地の砂防事業史
国土交通省近畿地方整備局 六甲砂防事務所 - 過去の神戸市での水害
神戸市 - 1938年(昭和13年)7月3日〜5日 阪神大水害
兵庫県 CGハザードマップ - 自然災害伝承碑
国土地理院
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近くの痕跡
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