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摩耶山天上寺の旧境内跡(摩耶山史跡公園)|何があった場所か

位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-03

摩耶山の南斜面、標高およそ614メートルの平坦地に、石段と礎石だけが残る一角がある。神戸市灘区は、昭和51年(1976年)に摩耶山天上寺が火災に見舞われ、山上の草創の地へ遷寺した跡地を史跡公園として整備したと記す。神戸市が公開する川西英・神戸百景の解説は、公園内に礎石などがほぼ焼失前の姿で残ること、盛り土の部分にあった摩耶夫人堂も今は礎石を残すのみであることを伝える。兵庫県立歴史博物館は、昭和51年の放火により寺がことごとく焼失し、山の中腹には基壇を残すのみと記す。神戸市立中央図書館の広報紙も、1976年1月に放火で七堂伽藍が全焼したと伝える。ただし寺自身の縁起は、同じ火災を不慮の大火と記す。創建は大化2年(646年)に法道仙人が開いたと伝わり、神戸市立中央図書館の資料解説は、開創されたと伝える古刹という言い方をする。山名も、弘法大師が日本へもたらした釈迦の生母・摩耶夫人の像を安置したことに由来すると伝えられる形で紹介される。神戸市灘区は、この一帯が『太平記』に登場する摩耶山城の史跡でもあると記す。現在の天上寺は同じ摩耶山の別の峰にあり、この跡地から北へおよそ950メートル離れる。表参道であった上野道の長い石段は今も跡地へ続き、神戸市の観光案内は、火事が原因で枯れた摩耶の大杉がなお存在感を放つと記す。

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