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戦 戦の痕跡 資料確認済み

一ノ谷合戦の古戦場と戦の濱碑(鵯越の逆落としはどこか)|何があった場所か

位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-02

1184年(元暦元年・寿永3年)2月7日の一ノ谷合戦の激戦地と伝わる海辺で、須磨浦公園の東部に源平史蹟「戦の濱」の碑が立つ。神戸市公園緑化協会は同公園を有名な源平の古戦場と記す。ただし『平家物語』が描く鵯越の逆落としがどこで行われたのかは、今も定まっていない。兵庫県立歴史博物館は、実際の鵯越が神戸市兵庫区と長田区の境を通る山道の名であり、須磨区の一の谷とは7から8キロ離れていて、とても一の谷のうしろとは言えないと記したうえで、主な説を5つ挙げ、現在でも決着がついていないとする。神戸市の源平特集は鉢伏山・鉄拐山から義経が行ったと結び、兵庫県立歴史博物館は鵯越からの攻撃が決め手と考えるのが自然ではないかと述べる。同時代の史料である『玉葉』は、山手を落としたのは多田行綱であったと記す。確かなのは、二つの地名が8キロ離れて残っていることである。

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