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地 地の痕跡 資料確認済み

消えた高倉山とおらが山(山、海へ行く)|何があった場所か

位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-01

神戸市須磨区の高倉台には、かつて標高291メートルの高倉山があった。神戸市須磨区は、六甲山系の山から土砂を採取して臨海部を埋め立て、採取した跡地を住宅団地として造成する手法を、いわゆる神戸方式の開発手法「山、海へ行く」のまちづくりと説明する。神戸市歴史公文書館は、高倉山を140メートル切り下げて4000万立方メートルの土を削り取る計画が立てられ、階段状に切り崩すベンチカット方式で掘削し、当時日本最大の幅2.1メートルの高架式ベルトコンベアーが1300メートル余の長さで敷設されたと記す。須磨区の年表は、1964年に須磨ベルトコンベヤの運転が始まり、1972年に高倉台団地の第1次宅地分譲が行われたと記す。神戸新聞は、全てを切り開く予定だったが、低くなった山から風が吹き下ろし地域の気象が変化すると地元市民らが反対し、200メートルまで削られたところで山は守られたと伝える。残された丘は、おらが守った山という思いから、おらが山と呼ばれるようになったという。

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