清盛塚と琵琶塚(11メートル動いた十三重石塔)|何があった場所か
兵庫県教育委員会の指定文化財一覧は、切戸町に立つ十三重石塔を「清盛塚石造十三重塔」として登載し、台座に弘安9年(1286)の刻銘があると記す。長く平清盛の墓と伝えられてきたが、兵庫県が1936年に刊行した調査報告は、1923年の道路計画にともなう移転工事で塔を解体し基礎の下まで調べた結果、地盤は砂利が堆積した砂丘で人の手の跡がなく、墓所とする説は事実でないと確かめられた経過を収める。塔は旧地から北東へ約6間、およそ11メートル動いている。
時のながれ
- 弘安9年(1286) — 台座の側面に右「弘安九」左「二月 日」の刻銘があると、兵庫県の調査報告は記す。
- 大正12年(1923)9月〜11月 — 都市計画道路の開通のため9月27日に供養し、10月13日に解体、11月10日に再建を終えたと、同報告が引く銘文は記す。
- 大正12年(1923)11月 — 塔の下を墓所とする説は事実でないことが今回の調査で明らかになったと、内務大臣あての報告書は記す。
- 大正12年(1923) — 旧地の目印として清盛塚十三重塔旧地と刻んだ石標を建て、東北へ約6間移したことを裏面に記したと、同報告は記す。
- 昭和35年(1960) — 清盛塚石造十三重塔として県の文化財に指定したと、兵庫県教育委員会の一覧は記す。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 兵庫県教育委員会の県指定文化財一覧(令和7年4月1日現在)は、名称を清盛塚石造十三重塔、員数を1基、所有者を神戸市、所在地を神戸市兵庫区切戸町1、時代を鎌倉、年代を弘安9年の刻銘とし、指定を昭和35年3月31日と載せる。
- 兵庫県が1936年に刊行した兵庫県史蹟名勝天然紀念物調査報告 第13輯は、第二章を清盛塚に充て、1923年の移転工事の記録を収める。
- 同書は、神戸市の都市計画による電車軌道の敷設のため塔を北へ移す必要が生じ、兵庫県知事が内務省に具申して、調査会委員の黒板勝美が指導し、嘱託の田澤金吾が実測にあたったと記す。
- 同書に収める内務大臣あての報告書は、台座を取り除いた下が砂利の堆積した自然の土壌で人工の施設の跡がなく、移転先に掘った穴も同じ地質であったと記す。
- 同報告書は、塔の下を墓所とする説が事実でないことは今回の調査で明らかにされたと述べ、その判断は地下の発掘を待たずに下したものであるとも記す。
- 同報告書は、この工事が史蹟名勝天然紀念物保存法の発布以来はじめての史蹟建造物の移転にあたると記し、移転前に供養を行ってから着工したと述べる。
- 同書が引く石標の銘文は、旧地から東北へ約6間の地に塔を移したこと、1923年9月27日に供養し、10月13日に解体し、11月10日に再建を終えたことを記す。
- 神戸市文化財課は、旧地が現在地の西南11メートルであったこと、隣の琵琶塚はもと前方後円墳があった場所でその形から琵琶塚と呼ばれ、江戸時代の文献がすでに平経正の塚とする説を載せていること、現在の碑は明治35年に建てられたものであることを説明する。
そのため、このページではこうしています
- 墓所とする説を退けた根拠は、移転工事にともなう地盤の調査である。報告書は地下の発掘を待たずに判断したと明記しているため、発掘による確認ではなく、地盤の観察にもとづく判断として示した。
- 高さは資料によって数え方が異なるため、総高およそ8.5メートルという値を採った。
- 石塔と琵琶塚の碑は兵庫埠頭線沿いにあり、所有者は神戸市である。県指定文化財の説明板が立ち、歩道から見学できる。
- すぐ隣は寺と住まいの並ぶ一角であるため、通行と生活の妨げにならないよう静かに歩きたい。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 旧地に建てられた清盛塚十三重塔旧地の石標が今も残るかどうかは、確認できなかった。
- 琵琶塚がもとであったとされる前方後円墳について、発掘や測量の記録は確認できなかった。
- 平経正と琵琶塚を結び付けた江戸時代の文献の書名は、確認できなかった。
- 指定の年月日について、兵庫県教育委員会の一覧は昭和35年3月31日とし、神戸市文化財課は昭和35年5月12日とする。
- 刻銘のある面について、兵庫県の調査報告は台座の東側面に右「弘安九」左「二月 日」とし、神戸市文化財課は南面の基礎部の両脇とする。
- 高さについて、兵庫県の調査報告は台座の下端から最上層の笠石の上端まで23尺余、相輪などを加えて全長28尺1寸余とし、神戸市文化財課は相輪を除く総高が8.5メートルとする。
参考・出典
- 県指定文化財一覧(令和7年4月1日現在)
兵庫県教育委員会 - 兵庫県史蹟名勝天然紀念物調査報告 第13輯 第二 清盛塚
兵庫県/国立国会図書館デジタルコレクション - 平清盛ゆかりの史跡 大輪田泊 兵庫区南部編
神戸市兵庫区 - 清盛塚石造十三重塔
神戸市文化財課(インターネットアーカイブ保存版) - 平清盛と神戸 平清盛のお墓
神戸市立図書館 神戸ふるさと文庫(インターネットアーカイブ保存版)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 兵庫運河と新川運河(和田岬の難所を避けるために掘られた運河)(水の痕跡・約142m)
- 兵庫大仏と金属供出の痕跡(能福寺)(戦の痕跡・約457m)
- 経が島(平清盛が大輪田泊に築いたと伝わる人工島の推定地)(地の痕跡・約643m)
- 旧湊川の付け替え跡(新開地・湊川公園)(水の痕跡・約1.8km)