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地 地の痕跡 資料確認済み

経が島(平清盛が大輪田泊に築いたと伝わる人工島の推定地)|何があった場所か

位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-08-27

神戸市立図書館の資料は、平安時代の兵庫津一帯が大輪田泊と呼ばれた港で、東南からの風波をまともに受けて停泊が危険だったため、福原に別荘を構えた平清盛が承安3年(1173)に私財を投じて改修し、泊の前面に防波堤となる島を築いたと説明する。この島が経が島で、同じ資料は、築かれた詳しい場所は分かっていないと付け加える。神戸市兵庫区役所の資料は、島上町という町名を経ケ島の上にできた町という意味だと説明し、新纂浄土宗大辞典も経ヶ島を現在の島上町あたりと考えられるとする。島の輪郭は、近代の運河開削と埋め立てを経た今の地形からはたどれない。それでも神戸公式観光サイトは、兵庫運河沿いに大輪田泊の修築のための石材だったと推定される巨大な石椋が置かれていると紹介し、運河北端の来迎寺(築島寺)には、人柱になったと伝わる松王丸の供養塔が残る。町名と石と寺が、失われた島のありかをゆるやかに指し示している。

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