兵庫城跡と初代兵庫県庁跡(イオンモール神戸南の地下)|何があった場所か
イオンモール神戸南(神戸市兵庫区中之島)の地下には、兵庫城の石垣と堀が埋め戻されて保存されている。神戸市兵庫区は、中之島から切戸町にかけてが天正9年(1581)に池田恒興が築いた兵庫城の天守閣があった場所と伝えられていると記す。奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧にある兵庫津遺跡第62次発掘調査報告書(神戸市教育委員会文化財課)は、2014年から2016年の調査で築城期の石垣や堀を検出し、それまで想定されていなかった築城期の内堀や土橋を確認したと要約する。同じ場所は、明治元年(1868)に兵庫県庁が最初に置かれた地でもある。兵庫県の歴代知事一覧は、初代知事を伊藤博文とし、就任を慶応4年5月23日、退任を明治2年4月10日と記載する。県庁がここに置かれたのは1年に満たない。現在は隣接する兵庫県立兵庫津ミュージアムに、絵図をもとにした初代県庁館が復元されている。
時のながれ
- 1581年(天正9年) — 摂津半国を与えられた池田恒興が、花熊城に代えて兵庫津に兵庫城を築いたと神戸市兵庫区は記す。中之島から切戸町にかけてが天守のあった場所と伝えられる。
- 江戸時代 — 尼崎藩領を経て幕府直轄地となり、城跡に大坂町奉行所の兵庫勤番所が置かれた。
- 1868年(慶応4年) — 1月に兵庫鎮台が設けられ、5月の兵庫県設置にともない勤番所の建物が最初の県庁舎となる。伊藤博文が初代知事に就任したと兵庫県は記す。
- 1869年(明治2年) — 4月10日、伊藤博文が兵庫県知事を退任。県庁がこの地に置かれたのは数か月にとどまった。
- 2014年〜2016年 — 中央卸売市場の移転にともない神戸市教育委員会が発掘調査を実施し、築城期の石垣、内堀と外堀、土橋などを検出した。
- 2017年 — 調査地の跡地にイオンモール神戸南が開業。遺構は地下に埋め戻して保存され、出土石材のモニュメントと出土品展示が設けられた。
- 2021年(令和3年) — 11月3日、兵庫勤番所絵図などに基づいて初代県庁舎を復元した初代県庁館が開館した。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 神戸市兵庫区の区の歴史のページは、中之島から切戸町にかけてが天正9年(1581)に池田恒興が築いた兵庫城の天守閣があった場所と伝えられていること、明治元年(1868)1月に兵庫鎮台が設けられ、同年5月に兵庫県庁となって初代県令に伊藤博文が着任したことを記す。
- 兵庫県の歴代兵庫県知事の一覧は、初代知事を伊藤博文(俊介)とし、就任を慶応4年5月23日、退任を明治2年4月10日と記載する。
- 奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧に登録された兵庫津遺跡第62次発掘調査報告書(神戸市教育委員会文化財課、2017年3月発行)は、調査地を神戸市兵庫区中之島2丁目、調査期間を2014年2月から2015年3月および2016年2月から3月とし、築城期の兵庫城の石垣や堀を検出し、それまで想定されていなかった築城期の内堀や土橋を確認したと要約する。主な遺構として石垣、堀、町屋建物、水路、井戸などが挙げられている。
- 神戸市の埋蔵文化財発掘調査報告書の一覧には、兵庫津遺跡第57次発掘調査報告書(2014年3月刊)と第62次発掘調査報告書(2017年3月刊)が掲載されている。
- 兵庫県立兵庫津ミュージアムの解説は、発掘された堀や石垣がイオンモール神戸南の地下に埋め戻されて保存されており、同モールの東入口と北側にモニュメントが作られ、3階に出土品が展示されていると記す。
- 兵庫県の兵庫津ミュージアム整備に関する説明は、現存する兵庫勤番所絵図などに基づいて時代考証を行い初代県庁館を復元したこと、この地に県庁機能が置かれたのは数か月であったこと、施設は中央卸売市場跡地である神戸市有地の東側の一部に整備され、事業主体は兵庫県であることを記す。
- 兵庫津ミュージアムのアクセス案内は、所在地を神戸市兵庫区中之島2丁目2-1、最寄りを神戸市営地下鉄海岸線の中央市場前駅から徒歩5分としている。
- 初代県庁館が2021年(令和3年)11月3日に開館したことは、兵庫県の資料と神戸新聞の2021年10月29日付記事の双方が記す。
そのため、このページではこうしています
- 座標は全国遺跡報告総覧に記載された兵庫津遺跡第62次調査の代表点で、現在のイオンモール神戸南の位置にあたる。復元施設である初代県庁館は、そこから南へおよそ200メートルの兵庫津ミュージアム内にある。
- 兵庫城の石垣や堀は地下に埋め戻されているため、地上で見られるのは出土した石材を用いたモニュメントと屋内の出土品展示、そして復元された初代県庁館である。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 新川運河沿いのキャナルプロムナードに、兵庫城跡と最初の兵庫県庁の地を併記した碑と説明板が立つという記述は、地図データと個人の紹介サイトでしか見あたらず、自治体の資料では確認できなかった。
- 兵庫城の石垣の一部が神戸市埋蔵文化財センターへ移築保存されているという記述は、城郭を紹介するサイトにはあるが、同センターの公式ページには該当する記載が見あたらなかった。
- 兵庫城の築城主や築城年について別の説があるかどうかは、確認した資料の範囲では見あたらなかった。
- 発掘調査の年について、神戸新聞は2012年に石垣などの大規模な遺構が見つかったとし、兵庫県立兵庫津ミュージアムは2014年から2015年の調査で堀や石垣が発見されたとする。神戸市の刊行物一覧には第57次(2014年3月刊)と第62次(2017年3月刊)の二つの報告書があり、複数次にわたる調査を各資料が別々に指しているとみられる。
- 伊藤博文の職名について、神戸市兵庫区の資料は初代県令と記し、兵庫県の歴代知事一覧は知事と記す。
参考・出典
- 兵庫県/歴代兵庫県知事
兵庫県 - 兵庫区の歴史 開港 運河 近代化の時代
神戸市兵庫区 - 兵庫津遺跡 第62次発掘調査報告書
神戸市教育委員会文化財課/奈良文化財研究所 全国遺跡報告総覧 - 神戸市:埋蔵文化財発掘調査報告書
神戸市 - 兵庫津ミュージアムの整備について
兵庫県 - アクセス|兵庫津ミュージアム
兵庫県立兵庫津ミュージアム - 初代兵庫県庁を復元 兵庫津ミュージアム11月3日オープン
神戸新聞NEXT
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
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