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戦 戦の痕跡 資料確認済み

和田岬砲台(造船所の中に残る幕末の海防砲台)|何があった場所か

位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-01

神戸市兵庫区の和田岬に、幕末の砲台が1基残る。文化庁の国指定文化財等データベースは、和田岬砲台を史跡とし、指定年月日を1921年(大正10年)3月3日、解説を「江戸幕府ニテ造営セシモノニテ文久三年工ヲ起シ元治元年成レルモノナリ」と記す。神戸市教育委員会が編集した冊子は、幕府が今津・西宮・川崎(湊川)・和田岬の4か所に砲台を築くことが決まり、和田岬と川崎の砲台は元治元年(1864)8月に完成したと記す。同じ冊子は、勝安房『陸軍歴史』によるとして、勝海舟の命により佐藤与之助が設計し、工事請負者の嘉納次郎作が1年3か月という短期間で完成させたと記す。石造の外郭に木造2階を収めた高さ約11メートルの円筒形で、下から6段目から7段目にかけて砲眼が11か所ある。三菱重工業は、実際に大砲が装備されることはなかったと記す。砲台は同社神戸造船所の敷地内にあり、外から自由に立ち入ることはできない。

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