蹴上インクライン(琵琶湖疏水)|何があった場所か
京都市上下水道局の資料によれば、琵琶湖疏水は東京遷都で衰退した京都を立て直すために計画され、第3代京都府知事の北垣国道が主唱し、工部大学校を出たばかりの田邉朔郎が主任技師を務めた。同局は、明治18年6月に着工し、明治23年に大津から鴨川合流点までが完成したと説明し、設計から施工まですべてを日本人の手で行った我が国最初の大土木事業だと述べる。蹴上では疏水の水面が下流側より高く、舟はそのままでは下れない。そこで蹴上船溜と南禅寺船溜を結ぶ全長約582メートルの傾斜鉄道が敷かれ、約36メートルの高低差を、舟を台車に載せたまま巻き上げて越えさせた。京都市の日本遺産の資料は、これが建設当時世界最長の傾斜鉄道だったと記す。動力は疏水の水で回る蹴上発電所の電気で、京都市上下水道局と琵琶湖疏水記念館は、同発電所を明治24年に動きだした日本最初の事業用水力発電所と説明する。京都市歴史資料館の資料は、インクラインの営業運転開始を発電所完成後の明治24年12月とする。同じ電気は町にも回った。同館の資料は、明治28年2月1日に京都電気鉄道が京都駅付近と伏見の間で営業を始め、日本初の路面電車が京都に生まれたと述べ、電力を疏水の水力発電に頼っていたため、元旦と毎月1日・15日の藻刈りの日は電車が定期休業になったと記す。舟運の衰退により、インクラインは昭和23年11月に運転を休止した。国立国会図書館の解説も、昭和23年の休止と昭和58年の京都市文化財指定を伝える。レールは一度取り外されたが昭和52年に復元され、いまも線路と、台車に載った三十石舟が置かれている。線路の下をくぐる歩行者用トンネルは、れんがを螺旋状に積んだ通称ねじりまんぽで、南北の出入口に北垣国道の扁額が掲げられている。国は平成8年6月19日、インクラインと疏水分線の水路閣を含む琵琶湖疏水を史跡に指定した。さらに令和7年8月27日の官報告示により、琵琶湖疏水施設として24か所が重要文化財に、うちインクラインと南禅寺水路閣を含む5か所が国宝になった。京都市は、近代の土木構造物としては初めての国宝だと説明する。
時のながれ
- 明治18年(1885) — 京都市上下水道局の資料によれば、政府の起工特許を受けて同年6月に疏水工事が着工した。
- 明治23年(1890) — 同局の資料は、大津から鴨川合流点までの第1疏水が完成し、4月に竣工式が行われたとする。
- 明治24年(1891) — 同局の資料は蹴上で日本最初の事業用水力発電所が動きだしたとし、京都市歴史資料館の資料はインクラインの営業運転開始を同年12月とする。
- 明治28年(1895) — 京都市歴史資料館の資料は、2月1日に京都電気鉄道が営業を始め、日本初の路面電車が京都に走ったとする。
- 昭和23年(1948) — 同館の資料と国立国会図書館の解説は、舟運の衰えによりインクラインが運転を休止したとする。
- 昭和48年(1973) — 京都市歴史資料館の資料は、この年にレールも取り外されたとする。
- 昭和52年(1977) — 京都市上下水道局と琵琶湖疏水記念館の資料は、市民の要望を受けてインクラインが復元されたとする。
- 昭和58年(1983) — 京都市上下水道局の資料は、南禅寺水路閣と蹴上インクラインが市の文化財に指定されたとする。
- 平成8年(1996) — 文化庁のデータベースは、琵琶湖疏水が6月19日に国の史跡に指定されたと記録する。
- 令和7年(2025) — 滋賀県と大津市の資料は、8月27日の官報告示により琵琶湖疏水施設が国宝および重要文化財に指定されたとする。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 京都市上下水道局の琵琶湖疏水の紹介と歴史のページで、第1疏水が明治18年6月着工・明治23年完成であること、北垣国道知事と主任技師の田邉朔郎が事業を担ったこと、明治24年に蹴上で日本最初の事業用水力発電所が動きだしたことを確認した。
- 京都市歴史資料館の都市史27で、インクラインが蹴上船溜と南禅寺船溜の約36メートルの高低差を結ぶこと、営業運転開始が明治24年12月、昭和23年11月に休止、昭和48年にレール撤去、昭和52年に復元されたことを確認した。
- 文化庁の文化遺産オンラインで、史跡の指定名称が琵琶湖疏水、指定年月日が1996年6月19日であり、指定対象にインクラインと疏水分線の水路閣が含まれることを確認した。
- 京都市上下水道局の発表ページで、令和7年5月16日の答申により琵琶湖疏水施設24か所が重要文化財、うち5か所が国宝となり、インクラインと南禅寺水路閣が国宝側に入ることを確認した。
- 滋賀県と大津市のページで、令和7年8月27日発行の官報号外第193号の文部科学省告示第六十八号・第六十九号によって正式に指定されたことを確認した。
- 京都市歴史資料館の都市史28で、明治28年2月1日に京都電気鉄道が七条停車場と伏見町下油掛の間で営業を始めて日本初の路面電車となったこと、疏水の藻刈りの日などに電車が定期休業したことを確認した。
- 琵琶湖疏水記念館の疏水さんぽのページで、昭和52年の復元、台車と三十石舟、インクライン下のねじりまんぽと北垣国道の扁額を確認した。
- 国立国会図書館の解説で、昭和23年の運転休止と昭和58年の京都市文化財指定を、京都市の資料とは別系統で確認した。
そのため、このページではこうしています
- 区は、より新しい行政系の住所表記に合わせて京都市東山区を採り、下流側が左京区にまたがることを付記した。
- 座標は、オープンストリートマップに登録された蹴上インクラインの経路の代表点で、582メートルの線路のほぼ中央にあたる。
- 全長は京都市と文化庁で一致する約582メートルを採用し、別の数値がある点は付記した。
- 蹴上発電所を日本初の水力発電所とする書き方は資料により幅があるため、京都市上下水道局と琵琶湖疏水記念館が用いる日本最初の事業用水力発電所という言い方に合わせた。
- 線路内は歩ける区間だが、周囲には現役の水利施設が続くため、案内は公開されている歩行区間の範囲に限った。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 国立国会図書館の解説が挙げる全長587メートルという数値の出所は追えず、京都市と文化庁の約582メートルとの差の理由は確認できなかった。
- 文化庁の日本遺産の一覧は蹴上インクラインに国の重要文化的景観の区分も付しているが、京都岡崎の文化的景観の選定範囲にインクラインが入るかどうかは、京都市の位置図の図面まで確認できていない。
- 営業運転開始を明治24年12月26日とする日付は、公的な資料では確認できなかった。
- 現地は未訪問のため、レールと台車の現況は資料と公開写真によっている。
- 所在地の区が資料で割れる。京都観光Naviは京都市東山区東小物座町ほか、国立国会図書館の解説も京都市東山区とするが、京都市歴史資料館の都市史27は左京区南禅寺とする。全長約582メートルの線状の施設で、下流端の南禅寺船溜側は左京区南禅寺草川町にあたる。
- インクラインの建設年について、京都市上下水道局の国宝一覧は明治22年、京都市歴史資料館は明治20年5月着工・明治23年4月完成とする。
- 蹴上発電所の完成時期は、文化庁の解説と京都市上下水道局が明治24年5月、関西電力の資料は同年6月の一部完成とする。
- 南禅寺水路閣の規模は、京都市歴史資料館が全長93.1メートル・高さ13メートル、琵琶湖疏水記念館が全長93.2メートル・高さ約9メートルとする。
- 舟運の終わりについて、京都市上下水道局は昭和26年に途絶えたとする一方、インクラインの休止は昭和23年11月とされる。
参考・出典
- 琵琶湖疏水のご紹介
京都市上下水道局 - 琵琶湖疏水の歴史(1)
京都市上下水道局 - 琵琶湖疏水の歴史(2)
京都市上下水道局 - 琵琶湖疏水施設 国宝・重要文化財への指定について
京都市上下水道局 - 都市史27 琵琶湖疏水
京都市歴史資料館 - 都市史28 京都の市電
京都市歴史資料館 - 琵琶湖疏水(史跡)
文化遺産オンライン/文化庁 - 蹴上インクライン
日本遺産ポータルサイト/文化庁 - 蹴上インクライン 見どころ
日本遺産 琵琶湖疏水 - 琵琶湖疏水関連施設が国宝・重要文化財へ
日本遺産 琵琶湖疏水 - 疏水さんぽ 岡崎・蹴上さんぽ
琵琶湖疏水記念館(京都市上下水道局) - 琵琶湖疏水施設の国宝・重要文化財指定について
大津市 - 国宝・重要文化財(建造物)の新指定について
滋賀県 - 京都インクラインと琵琶湖疏水
国立国会図書館 - 蹴上発電所の概要
関西電力
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 岡崎(第4回内国勧業博覧会の跡地と平安神宮)(地の痕跡・約799m)
- 粟田口刑場跡(旧東海道・九条山)(死の痕跡・約840m)
- 車石(旧東海道の牛車道)(地の痕跡・約1.4km)
- 高瀬川 一之船入(慶長期の運河に唯一残る船溜まりの堀割)(水の痕跡・約1.8km)