岡崎(第4回内国勧業博覧会の跡地と平安神宮)|何があった場所か
京都市左京区の岡崎一帯は、明治28年(1895)の第4回内国勧業博覧会の会場跡である。京都市左京区役所は、平安京の東にあたるこの地がかつて白河と呼ばれ、平安時代末期には院政が執り行われた白河殿のほか、法勝寺をはじめとする六つの寺院、いわゆる六勝寺の大伽藍が造営されたと記す。同区役所によれば、これらの建物は鎌倉時代にかけて焼失し、13世紀末に編まれたとみられる歴史書に岡崎の地名が現れる。京都市の都市史の資料は、博覧会当時の岡崎を水田とかぶら畑が広がる所であったとし、京都市勧業館の沿革も、聖護院大根や聖護院かぶらを生んだ農地であったと説明する。今も岡崎最勝寺町・円勝寺町・成勝寺町といった町名が、かつての寺の名を伝えている。国立国会図書館の資料は、会期を明治28年4月1日から7月31日、会場を平安神宮の南、会場面積を17万8千平方メートル、入場者数を1,136,695人と記す。京都市の資料も入場者を113万人をこえるとし、出品点数を16万9千点、美術館・工業館・農林館・器械館・水産館・動物館が建てられたとする。京都市の資料はまた、開催に合わせて京都電気鉄道が開業し、日本最初の市街電車が七条停車場から会場を経て疏水のほとりまで走ったと記す。平安神宮は、平安遷都1100年を期に明治28年3月15日に創建されたとし、社殿は平安京の正庁である朝堂院を約8分の5の規模で再現したもので、大極殿・応天門・蒼龍楼・白虎楼などは創建時の造営であると説明する。上京区千本丸太町に石碑が立つ平安宮の大極殿跡は平安京そのものの遺址であり、岡崎の社殿は明治の復元建築にあたる。会場跡には明治37年(1904)に岡崎公園が開かれ、その後も図書館・勧業館・美術館が建って文教地区となった。平安神宮へ続く道筋には、昭和天皇の即位の大礼を記念して平安講社が建てた朱の大鳥居が立ち、その南で疏水を渡る慶流橋を、平安神宮は博覧会会場の正門の橋として明治28年4月1日に開通したと記す。文化庁は平成27年(2015)10月7日、この一帯を京都岡崎の文化的景観として国の重要文化的景観に選定している。
時のながれ
- 平安時代末期 — 京都市左京区役所は、この一帯が白河と呼ばれ、院政が執り行われた白河殿と、法勝寺をはじめとする六勝寺の大伽藍が造営されたと記す。
- 鎌倉時代〜13世紀末 — 同区役所は、これらの建物が鎌倉時代にかけて焼失し、13世紀末に編まれたとみられる歴史書に岡崎の地名が現れると記す。
- 明治23年(1890) — 平安神宮の年表は、琵琶湖疏水が完成し、蹴上発電所が竣工したと記す。
- 明治28年(1895)2月1日 — 京都市の資料は、京都電気鉄道が七条停車場と伏見の下油掛の間で営業を始め、日本初の路面電車が誕生したと記す。
- 明治28年(1895)3月15日 — 平安神宮は、桓武天皇を祭神として官幣大社 平安神宮が創建されたと記す。
- 明治28年(1895)4月1日 — 京都市の資料は、七条停車場から博覧会場を経て疏水ほとりの南禅寺船溜りまで約7キロメートルが開業したと記す。平安神宮は、会場正門の慶流橋が同じ日に開通したと記す。
- 明治28年(1895)4月〜7月 — 国立国会図書館の資料は、第4回内国勧業博覧会が平安神宮の南で7月31日まで開かれ、入場者数が1,136,695人に達したと記す。
- 明治28年(1895)10月22日 — 平安神宮は、平安遷都千百年紀念祭が挙行され、25日の余興として第一回の時代行列が巡行したと記す。
- 明治37年(1904)7月8日 — 京都市建設局は、博覧会跡地に道路を開き、平安神宮に寄付した残地を公園地に指定して岡崎公園が生まれたと記す。
- 昭和4年(1929) — 平安神宮は、平安講社が日本一の大鳥居を建立したと記す。文化庁は建設年を昭和前期の1928年と登録する。
- 昭和51年(1976)〜昭和54年(1979) — 平安神宮の年表は、御本殿等が被災してただちに復興事業に着手し、昭和54年に御社殿が復興したと記す。
- 平成22年(2010) — 平安神宮の年表は、大極殿・蒼龍楼・白虎楼・東歩廊・西歩廊・応天門の6棟が重要文化財に指定されたと記す。文化庁は大極殿の指定日を2010年12月24日とする。
- 平成27年(2015)10月7日 — 京都市文化市民局は、この一帯が国の重要文化的景観として京都岡崎の文化的景観に選定されたと記す。
- 令和2年(2020)9月30日 — 文化庁は、神苑に保存されていた京都市交通局二号電車を重要文化財に指定した。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 第4回内国勧業博覧会の会期が明治28年4月1日から7月31日であること、会場が平安神宮の南にあたること、会場面積17万8千平方メートル、入場者数1,136,695人、出品人7万3,781人、出品16万9,098点であることを、国立国会図書館の電子展示で確認した。
- 平安遷都千百年紀念祭にあわせて開催地が京都に決まったこと、会場の岡崎が当時は水田とかぶら畑の広がる所であったこと、入場者が113万人をこえ出品点数が16万9000点であったこと、工業館・農林館・器械館・水産館・美術館・動物館が建てられたことを、京都市の都市史の資料で確認した。
- この一帯が白河と呼ばれ、平安時代末期に白河殿と六勝寺の大伽藍が造営されたこと、それらが鎌倉時代にかけて焼失し13世紀末の歴史書に岡崎の地名が現れること、博覧会跡地に岡崎公園が開設され文化ゾーンが形成されたことを、京都市左京区役所の岡崎の歴史のページで確認した。
- 平安神宮の創建が明治28年3月15日で祭神が桓武天皇であること、昭和15年に孝明天皇が合祀されたこと、社殿が平安京の正庁である朝堂院を約8分の5の規模で再現したもので大極殿・応天門・蒼龍楼・白虎楼などが創建当時の造営であること、設計が木子清敬と伊東忠太であることを、平安神宮の由緒と境内案内のページで確認した。
- 平安神宮大極殿が平安宮大極殿院を模して計画され重要文化財に指定されていること、平安神宮大鳥居が登録有形文化財で鉄筋コンクリート造一部鉄骨造・高さ24メートル・幅18メートルであることを、文化庁の文化遺産オンラインで確認した。
- 明治28年2月1日に京都電気鉄道が七条停車場と伏見の下油掛の間で営業を始めたこと、同年4月1日に七条停車場から博覧会場を経て南禅寺船溜りまで開業したこと、日本最初の市街電車と記されること、電力が琵琶湖疏水の水力発電によったことを、京都市の都市史の資料と文化庁の文化遺産オンラインで確認した。
- 岡崎公園が明治37年7月8日に開設され、所在地が左京区岡崎最勝寺町ほかであること、博覧会跡地に道路を開き平安神宮に寄付した残地を公園地に指定して生まれたことを、京都市建設局の岡崎公園のページで確認した。
- この一帯が平成27年10月7日に国の重要文化的景観として京都岡崎の文化的景観に選定されたこと、神苑に保存される京都市交通局二号電車が令和2年9月30日に重要文化財に指定され京都電気鉄道の現存最古の車両とされることを、京都市文化市民局のページと文化庁の文化遺産オンラインで確認した。
そのため、このページではこうしています
- 岡崎公園の面積と大鳥居の造営年は資料で数値が割れるため、面積は記さず、大鳥居は年を断定しない書き方にした。
- 平安神宮の社殿の火災は、同宮の年表が記す昭和51年の被災と昭和54年の社殿復興という事実の範囲で記載した。
- 上京区千本丸太町の平安宮大極殿跡は平安京の実際の遺址、岡崎の社殿は明治の復元建築という、それぞれの資料に沿った由来を明示した。
- 琵琶湖疏水と蹴上インクラインの詳細には立ち入らず、岡崎の造成と博覧会の電力に関わる範囲で触れた。
- 座標は岡崎公園としてオープンストリートマップに登録された区域の中心である。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 会場面積を17万8千平方メートルとする数値は国立国会図書館の資料でしか確認できず、京都市側の公的資料には面積の記載が見当たらなかった。
- 慶流橋が博覧会会場の正門の橋として明治28年4月1日に開通したという記述は、平安神宮の境内案内以外の公的資料では確認できなかった。
- 京都府立図書館と京都国立近代美術館の建設年は、今回それぞれの一次資料まで到達できなかった。
- 岡崎公園の面積は、京都市建設局のページが139,677平方メートル、京都市の都市史の資料が103,101平方メートルとしており一致しない。
- 大鳥居の造営年は、平安神宮が昭和4年3月25日、文化庁の文化遺産オンラインが昭和前期の1928年としており一致しない。
- 平安神宮の由緒のページは平安遷都を延暦15年(796)とする箇所と、延暦13年(794)10月22日を遷都の日とする箇所が同じページの中で食い違っている。
参考・出典
- 都市史29 京都の博覧会
京都市(フィールド・ミュージアム京都) - 都市史28 京都の市電
京都市(フィールド・ミュージアム京都) - 岡崎の歴史
京都市左京区役所 - 岡崎公園
京都市建設局 - 京都岡崎の文化的景観
京都市文化市民局文化財保護課 - 由緒・歴史
平安神宮 - 社殿・境内案内
平安神宮 - 第4回内国勧業博覧会(博覧会―近代技術の展示場)
国立国会図書館 - 平安神宮 大極殿(文化遺産オンライン)
文化庁 - 平安神宮大鳥居(文化遺産オンライン)
文化庁 - 京都電気鉄道電車(京都市交通局二号電車)(文化遺産オンライン)
文化庁 - 京都岡崎の文化的景観(文化遺産オンライン)
文化庁 - 京都市勧業館の歴史
京都市勧業館みやこめっせ
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 蹴上インクライン(琵琶湖疏水)(水の痕跡・約799m)
- 高瀬川 一之船入(慶長期の運河に唯一残る船溜まりの堀割)(水の痕跡・約1.2km)
- 池田屋事件の跡(三条小橋のたもと・池田屋騒動之址の石標)(戦の痕跡・約1.4km)
- 粟田口刑場跡(旧東海道・九条山)(死の痕跡・約1.6km)