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福原京跡(雪見御所旧跡)|何があった場所か

位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-08-28

神戸市兵庫区の資料は、治承4年(1180)に平清盛が京都を去って福原に遷都することを決め、突然の発表に京都は大混乱に陥ったが、同年6月2日に遷都が断行されたと説明する。同じ資料によれば、安徳天皇は3日に清盛の弟である頼盛の山荘に入り、翌日には清盛邸に、11月12日には新造の皇居に入ったが、その月の26日には京都へ帰還することとなった。都が置かれたのは半年に満たない。ところが、その中枢がどこであったかは定まっていない。神戸市が公開する高橋昌明・神戸大学名誉教授の解説は、11月に完成して安徳天皇が行幸した新造内裏の場所について、楠・荒田町遺跡の近辺と推定する意見も出ていると述べる。同じ解説は、祇園遺跡で庭園の池と導水路が、楠・荒田町遺跡で櫓跡と推定される掘立柱建物跡と2本の壕遺構が見つかったとし、考古学的な発掘はまだ始まったばかりだと記す。地図の位置とした雪御所町について、兵庫区の資料は、石井川と天王谷川の合流点に位置し清盛の雪見御所の跡といわれる地とし、明治41年に湊山小学校の校庭から礎石や土器などが発掘されてこの石碑が立てられたと説明する。神戸市の資料は、明治時代までこの地に雪之御所という小字があったことが呼び名の由来だと記す。

時のながれ

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