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西陣(応仁の乱の西軍の陣に由来するとされる織物の町の通称)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-08-22

応仁の乱で山名宗全らの西軍が陣を構えた一帯が、乱後に西陣と呼ばれるようになったと伝わる。西陣という行政地名はなく、その範囲は京都市の資料でも一定しない。堀川通沿いの山名町には、宗全の邸跡を示す石標が立つ。地名としての初見は、乱の終結から10年後、文明19年(1487)の『蔭凉軒日録』とされる。

西陣(応仁の乱の西軍の陣に由来するとされる織物の町の通称)の位置を示す地図
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