笹島(ささしま)|何があった場所か
名古屋駅の南東にあたる一帯。江戸期の地誌に広井村の枝郷として現れ、古くは「篠島」とも書かれたとされるが、なぜ「島」の字がつくのかは定かでない。低地と台地の境にあたる土地である。
時のながれ
- 江戸期 — 地誌『尾張国地名考』に広井村の支村「笹嶋」とあり、『尾張徇行記』では広井村西方の「外田字篠島」と呼ばれた地に、文化2年(1805年)ごろから民家が増えて枝郷が立てられたと伝えられる。
- 明治19年(1886) — 現在の笹島交差点付近に笹島停車場が誕生し、名古屋の玄関口となった。
- 昭和12年(1937) — 旅客駅が北へ移って現在の名古屋駅となり、跡地に貨物専用の笹島駅が開設された。
- 昭和61年(1986) — 笹島貨物駅が廃止され、都心部に大規模な未利用地が残された。
- 平成11年度(1999年度) — 名古屋市が土地区画整理事業に着手した。施行面積は約22.1ヘクタール。
- 平成17年(2005) — 日本国際博覧会「愛・地球博」のサテライト会場として使われた。
- 平成29年度(2017年度) — グローバルゲートが開業し、ささしまライブのまちびらきが行われた。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 名古屋市の「ささしまライブ24地区の沿革」に、明治19年に笹島停車場が誕生したこと、昭和12年に貨物専用の笹島駅が開設されたこと、昭和61年に貨物駅が廃止されて大規模未利用地となったこと、平成11年度に土地区画整理事業へ着手したことが記されている。
- 名古屋市住宅都市局の基盤整備計画のページに、土地区画整理事業の施行面積が約22.1ヘクタール、施行期間が平成11年度から令和9年度と記されている。
- コトバンク所収の日本大百科全書とブリタニカ国際大百科事典の「笹島」の項にも、1886年に武豊鉄道の停車場が置かれたこと、1937年に旅客駅が北へ移って現在の名古屋駅となったこと、1986年に笹島貨物駅が廃止されたことが記されており、名古屋市の沿革と年次が一致する。
- 名古屋市の「名古屋市の地形と気候」に、中村区が河川の堆積作用によって形成された沖積地に含まれること、中区・東区などの中央部が標高10から15メートルほどの台地であることが記されている。
- 名古屋市図書館の調べ方案内「尾張の地誌・地名を調べる」に、名古屋の町名の由来を調べる資料として『[名古屋市]町名由来記 上下』、『なごやの町名』、『日本歴史地名大系 第23巻 愛知県の地名』が挙げられている。
そのため、このページではこうしています
- 座標は笹島町一丁目の代表点であり、特定の建物や地点を指すものではない。
- 地名の由来については複数の説が伝えられており、いずれか一つに定まったものではない。名古屋市図書館が案内する地名資料でも、由来が定説として確定していることを示す記述は確認できていない。
- 町名整理により笹島町の範囲は大きく縮小しており、かつて笹島と呼ばれた一帯の大部分は現在ほかの町名になっている。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 笹の生える島状の高まりに由来するという説については、名古屋市の資料でも地名辞典でも該当する記述を見つけられなかった。
- 大昔はこの付近まで入り江であったことから海に関わる地名だとする説は、『[名古屋市]町名由来記 下』を出典とする二次的な紹介を通してしか確認できず、同書の原文にはあたれていない。
- 江戸期の地誌『尾張国地名考』に「広井村 支村 笹嶋」とあること、『尾張徇行記』に「外田字篠島」とあり文化2年に枝郷が立てられたとする記述も、二次的な紹介を通してのみ確認しており、原典の該当箇所は未確認である。
- 国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、笹島の地名由来を扱った事例が見当たらなかった。
参考・出典
- ささしまライブ24地区の沿革
名古屋市 - ささしまライブ24
名古屋市 - ささしまライブ24地区の基盤整備計画
名古屋市住宅都市局 - 名古屋市の地形と気候
名古屋市 - 調べ方案内 尾張の地誌・地名を調べる
名古屋市図書館 - 笹島(日本大百科全書・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)
コトバンク - 笹島町(『[名古屋市]町名由来記 下』を出典として引用する項目)
ウィキペディア日本語版(補助資料)
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近くの痕跡
- 堀川(名古屋城築城とともに開削された運河)(水の痕跡・約742m)
- 四間道(しけみち・元禄の大火のあと四間に広げたと伝わる道)(地の痕跡・約1.2km)
- 精進川の付け替えと新堀川(堀留・記念橋付近)(水の痕跡・約2.4km)
- 空襲跡の碑(熱田空襲の記憶・堀川千年プロムナード)(戦の痕跡・約5.0km)