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「お堀電車」の廃線跡(名古屋城外堀・大津橋)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-10

名古屋城のいちばん外側の堀を外堀という。その堀の中を、明治44年(1911)から昭和51年(1976)までの約70年間、電車が走っていた。瀬戸で焼かれた皿や茶わんを名古屋へ運ぶ貨物電車として敷かれたもので、堀にそって進む姿から「お堀電車」と呼ばれた。終点は堀川のほとりの堀川駅で、降ろされた荷は船に積み替えられ、堀川を下って名古屋港から積み出された。

堀の中は道幅がないため、堀の角は「サンチャンカーブ」と呼ばれる急な曲がりになり、本町橋のところでは上りと下りの線路を重ねる仕組みがとられた。速くは走れなかったが、そのゆったりとした走りこそ親しまれた理由だろうと名古屋市の紹介は述べている。やがて荷はトラックへ移り、乗る人は栄までの直通を望むようになって、路線は堀を出た。

いま堀の中に残るのは、大津橋のたもとから駅へ降りていく階段である。廃止のあと線路は外堀の地下へ移り、久屋大通の地下の栄町駅まで延びた。堀川駅のあった中区三の丸の景雲橋小園には、当時の駅を写した歴史銘板が立っている。堀の中は通り抜けられる場所ではないので、階段は大津橋の上から見下ろすことになる。

「お堀電車」の廃線跡(名古屋城外堀・大津橋)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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