布引五本松堰堤と布引貯水池(神戸水道創設期の水源)|何があった場所か
神戸市中央区の生田川上流、布引谷にある堰堤と貯水池である。神戸市水道局は、布引貯水池が生田川水系の布引谷川を水源とする神戸水道の創設期の施設で、明治33年(1900年)に完成したと記す。堰堤の正式な名は布引五本松堰堤で、堤体は直線型重力堰堤(粗石コンクリート、表面張石)、堤高33.33メートル、堤長110.30メートルであるという。文化庁の国指定文化財等データベースは、布引水源地水道施設が平成18年(2006年)7月5日に国の重要文化財に指定されたと記載し、五本松堰堤の構造を重力式コンクリート造堰堤、堤長110.3メートル、堤高33.3メートル、高欄付と記す。同じ解説は、神戸水道事務所の吉村長策および佐野藤次郎を中心に建設が進められたとし、五本松堰堤を我が国における重力式コンクリート造堰堤の嚆矢と評価する。神戸市水道局によれば、水道布設の計画は明治26年(1893年)に内務省の雇工師であったイギリス人技師バルトンの設計で市会を通り、明治30年(1897年)5月に始まった創設工事は佐野藤次郎技師を中心に全員日本人の手で進められ、明治33年に奥平野浄水場で通水式が行われた。同局はまた、明治38年(1905年)から船舶への給水が始まり、布引貯水池を水源とする水道水の質の高さが、赤道を越えても腐らないおいしい水という言い伝えを生んだと記す。堰堤の下手には布引の滝が落ち、平安から江戸にかけて詠まれた和歌の碑が道沿いに並ぶ。新神戸駅から滝をたどる遊歩道を一時間ほど登れば、堰堤と貯水池に着く。

時のながれ
- 明治26年(1893年) — 内務省の雇工師であったイギリス人技師バルトンの設計による水道布設計画が市会を通過したと、神戸市水道局は記す。
- 明治30年(1897年) — 5月に水道創設工事が始まり、水源を布引谷と烏原谷、給水区域を生田川と湊川の間としたと、同局は記す。
- 明治33年(1900年) — 布引貯水池が完成し、奥平野浄水場で通水式が行われたと、同局は記す。横浜、函館、長崎、大阪、広島、東京に次ぐ日本で7番目の近代水道であったという。
- 明治33年(1900年) — 五本松堰堤、雌滝取水堰堤、布引水路橋が竣工したと、文化庁の解説は記す。
- 明治38年(1905年) — 船舶への給水事業が始まり、布引貯水池を水源とする水道水が使われたと、神戸市水道局は記す。
- 明治40年(1907年) — 分水施設が増設されたと、文化庁の解説は記す。濁った水を貯水池の外へ迂回させる仕組みであったと、神戸市水道局は説明する。
- 明治41年(1908年) — 締切堰堤と放水路隧道が増設されたと、文化庁の解説は記す。
- 昭和13年(1938年) — 豪雨により布引・烏原の両貯水池に泥や流木が堆積し、水道の復旧に約3か月を要したと、神戸市水道局は記す。
- 昭和60年(1985年) — 布引渓流が名水百選に選ばれたと、神戸市水道局は記す。
- 平成13年(2001年) — 堤体の耐震補強と、堆積した土砂の浚渫が行われたと、日本ダム協会のダム便覧は記す。
- 平成18年(2006年) — 7月5日に布引水源地水道施設が国の重要文化財に指定されたと、文化庁の国指定文化財等データベースは記載する。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 文化庁の国指定文化財等データベースは、布引水源地水道施設の重文指定年月日を2006年7月5日(平成18年7月5日)、指定番号を02488、種別を近代の産業・交通・土木、所有者を神戸市、所在地を兵庫県神戸市中央区葺合町と記載する。
- 同じデータベースで確認できる指定の対象は、五本松堰堤、雌滝取水堰堤、布引水路橋(砂子橋)、分水堰堤、分水堰堤附属橋、分水隧道、締切堰堤、放水路隧道、谷川橋の9件で、堰堤と隧道は1所、橋は1基と員数を記す。神戸市も布引水源地の九施設が平成18年7月に国の重要文化財に指定されたと記す。
- 同じデータベースは、五本松堰堤を重力式コンクリート造堰堤、堤長110.3メートル、堤高33.3メートル、高欄付とし、年代を明治33年(1900年)と記載する。
- 文化庁の解説は、神戸水道事務所の吉村長策および佐野藤次郎を中心に建設が進められたとし、五本松堰堤を我が国における重力式コンクリート造堰堤の嚆矢と記す。
- 神戸市水道局は、布引貯水池の水源を生田川水系の布引谷川とし、堤体を直線型重力堰堤(粗石コンクリート、表面張石)、堤高33.33メートル、堤長110.30メートル、集水面積10.7平方キロメートル、湛水面積51,000平方メートルと記す。
- 神戸市水道局は、神戸の水道が明治33年(1900年)に給水を開始し、横浜、函館、長崎、大阪、広島、東京に次ぐ日本で7番目の近代水道であったと記す。
- 神戸市水道局は、明治26年(1893年)に内務省の雇工師であったイギリス人技師バルトンの設計による水道布設計画が市会を通過したとし、明治30年(1897年)5月に始まった創設工事は佐野藤次郎技師を中心に全員日本人の手で進められたと記す。神戸市建設局は、バルトンの案が内面石張り外面芝張りの土堰堤で堰堤高65尺、貯水容量約31万トンであり、佐野藤次郎技師がコンクリート堰堤への変更などの修正を施したと記す。
- 神戸市建設局は、堤体内に直径1.5インチの鍛鉄管157本を設置して浸透水による揚圧力を低減したとし、頂部側壁の石造銘板に吉村長策・佐野藤次郎・浅見忠治の名が英文で刻まれていると記す。
- 神戸市水道局は、明治38年(1905年)より船舶への給水事業を始め、布引貯水池を水源とする水道水の品質の高さが、赤道を越えても腐らないおいしい水という言い伝えを生んだと記す。環境省の名水百選の詳細ページも、渓流の水が腐らないおいしい水と船乗りの間で評判になったコウベウォーターの名で知られると記す。
- 神戸市中央区の案内は、新神戸駅から砂子橋、雌滝と雌滝取水堰堤、鼓ヶ滝、雄滝と夫婦滝、みはらし展望台、谷川橋をへて布引貯水池に至る道すじを紹介し、およそ1時間の行程と記す。同区は布引三十六歌碑について、明治のはじめに花園社という市民団体が建て、散逸ののち昭和9年(1934年)に18基が復旧され、2007年に全ての歌碑が復旧されたと記す。
そのため、このページではこうしています
- 主題は水道施設であるため、布引の滝と歌碑は堰堤に至る道すじの背景として短く挙げる。
- 国の名勝という指定を示す資料が見あたらなかったため、名勝という語は公開文から外した。
- 貯水容量は資料の開きが大きいため公開文に置かず、資料が一致する堤高と堤長だけを示した。
- 烏原貯水池の項目とは水系も完成年も指定の種類も異なるため、こちらは生田川水系と創設第一の水源という筋で書き、烏原は新湊川水系と創設第二の水源という筋で書き分ける。
- 堰堤は今も使われている水道施設であり、堤体や施設の内部に立ち入ることはできない。見学は新神戸駅からの遊歩道と貯水池のほとりから行う。
- 赤道を越えても腐らないという話は、神戸市水道局が言い伝えと明記しているため、その言い方をそのまま踏襲した。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 布引渓流または布引の滝が国の名勝に指定されたとする記載は、文化庁の国指定文化財等データベース、神戸市水道局、神戸市建設局、神戸市中央区、環境省の名水百選の詳細ページのいずれにも見あたらなかった。
- 土木学会の選奨土木遺産の兵庫県一覧に、布引水源地水道施設の掲載が見あたらない。
- 竣工の年月日を日の単位まで示す資料は確認できなかった。神戸市建設局は竣工を1900年ごろと記す。
- 堰堤の天端を一般に歩けるかどうかを明記した公的な案内は確認できなかった。
- 有効貯水容量の数値が資料で異なる。神戸市水道局は601,028立方メートル、神戸市建設局は759,689立方メートルと記す。日本ダム協会のダム便覧は、もとの堰堤について総貯水容量と有効貯水容量をともに417千立方メートル、再開発後を総貯水容量601千立方メートル・有効貯水容量590千立方メートルと記す。
- 重要文化財に指定された年月の記載が、神戸市建設局のページ内で食い違う。概要の欄は2000年(平成12年)7月5日と記し、同じページの本文は平成18年(2006年)7月と記す。文化庁のデータベースは2006年7月5日と記載する。
- 設計にかかわった人物の書き方が資料で異なる。文化庁は吉村長策および佐野藤次郎を中心に建設が進められたと記し、日本ダム協会のダム便覧はイギリス人ウィリアム・バルトンの指導と佐野藤次郎の設計と記す。神戸市はバルトンの当初案が土堰堤で、佐野藤次郎がコンクリート堰堤へ変更したと記す。
- 最初と呼ぶときの根拠が資料で異なる。文化庁は重力式コンクリート造堰堤の嚆矢、神戸市水道局は日本最古の重力式コンクリートダム、神戸市建設局は日本初の水道専用重力式ダムかつ日本初の重力式コンクリートダム、神戸市中央区は日本で初めて造られた重力式粗石コンクリートダム、日本ダム協会は日本最古のコンクリートダムと記す。
- 近年の補強工事の完成年が資料で異なる。日本ダム協会のダム便覧は諸元の欄に着工2001年・竣工2004年と記し、同じページの本文は2005年3月完成と記す。
参考・出典
- 布引水源地水道施設 五本松堰堤 - 文化遺産オンライン
文化庁 - 国指定文化財等データベース 布引水源地水道施設 五本松堰堤
文化庁 - 国指定文化財等データベース 布引水源地水道施設 分水堰堤附属橋
文化庁 - 貯水池(千苅・布引・烏原)
神戸市水道局 - 布引渓流の水
神戸市水道局 - 神戸の水道 125年の歴史
神戸市水道局 - 布引五本松堰堤(ぬのびきごほんまつえんてい)
神戸市 - 布引ハイキング(新神戸駅~布引貯水池)
神戸市中央区 - 布引三十六歌碑
神戸市中央区 - 名水百選 兵庫県/神戸市 布引渓流
環境省 - 布引五本松(元)ダム - ダム便覧
一般財団法人日本ダム協会 - 布引五本松(再)ダム - ダム便覧
一般財団法人日本ダム協会
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
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