旧荘川村の水没集落(御母衣ダム湖底・荘川桜)|何があった場所か
御母衣ダム(1961年完成)の建設に伴い、旧荘川村の中野・海上・岩瀬・赤谷などの集落約230戸が移転しました。旧集落は現在ダム湖の湖底にあり、訪れることはできません。湖畔には水没地から移植された樹齢450年余のエドヒガン2本「荘川桜」が今も咲き、旧村の記憶を伝えています。
時のながれ
- 1952年 — 御母衣ダム建設計画が公表され、住民による反対運動が始まったとされる
- 1959年 — 補償交渉が妥結し、集落の移転が進む
- 1960年12月 — 水没予定地の光輪寺・照蓮寺にあった桜2本が湖畔へ移植される(荘川桜)
- 1961年 — 御母衣ダムが完成し、旧集落一帯は御母衣湖の湖底に
近くの痕跡
- 旧徳山村(徳山ダム湖底・徳山湖)(水の痕跡・約59.8km)
- 泊の外人墓地(通称)(噂の痕跡・約131.1km)
- 応仁の乱 勃発地(御霊神社・御霊合戦の旧跡)(戦の痕跡・約157.6km)
- 鳥羽伏見の戦い 勃発地(小枝橋・鳥羽離宮跡公園)(戦の痕跡・約165.9km)
参考・出典
- 荘川桜物語
J-POWER 電源開発株式会社(公式) - 御母衣ダム - ダム便覧
一般財団法人日本ダム協会 - 荘川桜 - Wikipedia
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