歴史の痕跡
関西のダム湖に沈んだ村|滝畑・天若・白屋・上生野の記録と、渇水の年に現れる物
関西のダムで水没や移転の数を公的資料で確かめられたのは、大滝ダム(川上村)の399戸、生野ダム(朝来市)の上生野58戸、椿山ダム(旧美山村)の160世帯、一庫ダム(川西市)の32世帯などだ。滝畑ダムや日吉ダムは、水没した戸数を公的資料で確かめられていない。
目次(12項目)
関西にも、ダムの底に村があった場所がいくつもあります。岐阜の旧荘川村や高知の旧大川村ほど語られることは少ないのですが、自治体や水資源機構の記録を読むと、移転した戸数や補償がまとまった年月が残っています。
6府県の10のダム
対象は大阪・奈良・京都・兵庫・滋賀・和歌山の6府県です。湖底や立入禁止の場所には入らないでください。


大阪 滝畑ダム(河内長野市)
- 所在地: 河内長野市滝畑、大和川水系石川(資料確認済み)
- 完成年: 昭和48年(1973年)着工、昭和57年(1982年)3月完成。曲線重力式コンクリートダム、堤高62.0メートル、湛水面積52.3ヘクタール(資料確認済み)
- 水没した集落と戸数: 滝畑地区の集落が湖底になりました。戸数は公的資料で確認できていません(戸数は未確認)
- いま見られる物: 湖の上の高台に、河内長野市立の「滝畑ふるさと文化財の森センター」があります。敷地内の茅葺き民家「梶谷家住宅」は、もともと滝畑清水にあった家で、滝畑ダムの建設に伴い昭和57年(1982)にここへ移築されました。約200年前に建てられ、妻側に入り口がある「滝畑型の民家」で、平成14年(2002)3月29日に市の文化財に指定されています(資料確認済み)。市の文化財保存活用地域計画は、このセンターが、昭和56年(1981)のダム建設で水没することになった地区の民俗・美術工芸・民家などの文化財を保存展示するために「市立滝畑民俗資料館」として建てられ、平成19年(2007)に今の名前に変わったと記しています(資料確認済み)。一方、センターの研修宿泊施設の建物について、市の案内は、ダムの建設に伴い昭和51年(1976)4月に滝畑小学校の新校舎として移転新築され、平成2年(1990)に市立青少年活動センターへ改築、平成22年(2010)の施設統合でセンターの名前になったと記しています(資料確認済み)。水没前の民家を調べた報告書『河内滝畑の民家』(河内長野市文化財調査報告書第1輯、1977年)には水没前の集落の写真があると、河内長野市立図書館が案内しています(資料確認済み)
- 最寄りの公共交通: 未確認
ダムの水は、羽曳野市・藤井寺市など石川沿岸の耕地約400ヘクタールの農業用水と、河内長野市・富田林市の水道水源になっています(資料確認済み)。昭和57年(1982)に供用が始まったあと、平成6年(1994)・14年(2002)・19年(2007)・29年(2017)に水道の取水制限が必要になる渇水が起きています(資料確認済み)。
奈良 大滝ダム(川上村)
- 所在地: 吉野郡川上村、紀の川水系紀の川(資料確認済み)
- 完成年: 平成25年(2013年)3月に竣工し、同年4月に運用開始(資料確認済み)
- 水没した集落と戸数: 近畿地方整備局の資料は、川上村役場などの中心部や丹生川上神社を含む399戸が水没したと記しています(資料確認済み)。林野庁のサイトに載る川上村主催の発表資料は「村の中心部が水没することから激しい反対運動が起こり、事業が長期化した」「399戸が完全に水没する他、関連移転を含めると475世帯が移転」と記しています(資料確認済み)
- 白屋(しらや)地区のこと: ダムに水を入れる試験(試験湛水)の最中だった2003年3月の直後に地滑りが起き、地区の家屋に亀裂が見つかりました。全37世帯が仮設住宅へ一時移転し、その後は橿原市や県外などへ移っています(資料確認済み)。仮設住宅は、白屋地区から約5キロメートル上流の川上村北和田(旧村立川上東小学校グランド跡地)に21棟・37世帯分が建てられ、2003年7月19日に完成しました(資料確認済み)。元住民が国を訴えた裁判では、2011年7月に大阪高裁が「地滑りを予見できたのに、十分な危険防止措置をとらなかった」として国に計1,200万円の支払いを命じています(資料確認済み)
- いま見られる物: 川上村の「森と水の源流館」とダムの見学が、小学校の社会見学の定番になっています(資料確認済み)。2026年は雨不足による渇水が深刻で、普段は水面の下にある旧道や橋が姿を現していると、奈良県立図書情報館がテレビ番組(CBC「道との遭遇」2026年6月16日放送)の記録として残しています。国道169号の対岸、武光橋(ぶこうばし)近くには奥行き約2メートルの小さなトンネルがあり、林業の退避所か、戦前にマンガンの鉱床を探すために掘られた穴かと番組内で検討されましたが、用途は分かっていません(資料確認済み)
- 最寄りの公共交通: 近鉄大和上市駅から13キロメートル・車で30分、村内に路線バスあり(資料確認済み)
奈良 布目ダム(奈良市・山添村)
- 所在地: 奈良市、淀川水系布目川(木津川支川)。流域は奈良市・天理市・山添村・宇陀市の3市1村にまたがります(資料確認済み)
- 完成年: 昭和61年(1986)ダム本体工事着手、平成元年(1989)コンクリート打設完了、平成2年(1990)試験湛水開始、平成3年(1991)竣功式(資料確認済み)。水資源機構のダムカード紹介ページは完成を1992年としています(資料確認済み)。竣功式の年と「完成年」の表記が1年ずれていますが、どちらも機構側の表記です
- 補償: 昭和54年(1979)に建設所が開かれ、昭和58年(1983)に柳生地区・山添地区とも補償基準が妥結しています(資料確認済み)
- 水没した集落と戸数: 公的資料で戸数を確認できていません。水没予定地の文化財調査報告書(山添村教育委員会編)が国立情報学研究所の書誌に載っています(資料候補)
- いま見られる物: 山添村側の湖畔に親水公園やテニスコート、多目的広場があり、自転車競技「ツアー・オブ・ジャパン」奈良ステージの舞台になっています(資料確認済み)
- 最寄りの公共交通: 未確認
京都 日吉ダム(南丹市)
- 所在地: 南丹市日吉町(旧日吉町・資料確認済み)。ダム湖は天若湖(あまわかこ)です(資料確認済み)。川の名は淀川水系桂川です(資料候補。京都府と水資源機構の資料に川の名の記載なし)
- 完成年: 平成9年(1997)に試験湛水、平成10年(1998)3月に竣工、同年4月から管理開始(資料確認済み)
- 経緯: 1961年に建設省が「宮村ダム」として建設構想を発表し、1972年に水資源開発基本計画へ組み入れられて「日吉ダム」に改称されました。水没地の住民は「日吉ダム対策天若同盟」「中ダム対策協議会」をつくって水資源開発公団と京都府に補償基本要求書を出し、1984年9月19日に日吉町・京北町分の一般損失補償基準が妥結して調印、八木町分は1985年6月に妥結しました(資料確認済み)
- 水没した集落と戸数: 公的資料で戸数と集落名を確認できていません(後述)
- いま見られる物: 2005年から毎年夏、「天若湖アートプロジェクト」が続いています。水資源機構の報告書は、これを「日吉ダム建設によって水没したかつての集落の夜景を再現する取り組み」と説明し、湖面に浮かべる「あかり」の設営に管理所が協力していると記しています(資料確認済み)
- 最寄りの公共交通: 未確認
兵庫 一庫(ひとくら)ダム(川西市)
- 所在地: 川西市、淀川水系猪名川(資料確認済み)
- 完成年: 昭和52年(1977)5月本体工事着手、昭和56年(1981)11月試験湛水開始、昭和57年(1982)4月竣功式、昭和58年(1983)4月管理開始(資料確認済み)
- 経緯: 昭和43年(1968)8月に調査所が発足し、昭和45年(1970)7月に川西市地区と建設事業に関する協定を結び、昭和49年(1974)7月に水源地域対策特別措置法(水没者の生活再建を国が手厚く支える法律)のダムに指定されました。昭和50年(1975)8月に「一庫ダム建設に伴う損失補償基準」が川西市地区・東能勢村地区で妥結・調印されています(資料確認済み)
- 水没した集落と戸数: 水資源機構のパンフレットは「32世帯の移転」と記しています(資料確認済み)。集落名は確認できていません
- いま見られる物: 昭和56年(1981)に国道173号の一庫〜民田間が開通し、付け替え道路が湖岸を通っています。湖畔には県立一庫公園があり、「一庫知明湖周辺歴史探訪マップ」が配られています(資料確認済み)
- 最寄りの公共交通: 未確認
兵庫 生野ダム(朝来市)
- 所在地: 朝来市生野町竹原野(ダム)、市川。水没した集落は上生野です(資料確認済み)
- 完成年: 昭和38年(1963)に予備調査、昭和46年(1971)4月に堤体コンクリート打設開始、昭和47年(1972)8月打設完了、昭和48年(1973)3月27日竣工式(資料確認済み)
- 水没した集落と戸数: 上生野の本村・管町の58戸が水没し、魚ヶ滝の9戸が孤立するため、移転先地区への立ち退き移転が行われました。「水没による移転家屋は420棟に及んだ」と県の記録にあります(資料確認済み。58戸は世帯の数、420棟は母屋以外の納屋などを含む建物の数と読めますが、県の資料に内訳の説明はありません)
- いま見られる物: ダム湖は生野銀山にちなんで銀山湖と呼ばれ、県のページには「ダム湖に沈んだ集落(上生野)」の写真が載っています(資料確認済み)。移転先の碑や記念館の有無は確認できていません
- 最寄りの公共交通: 未確認
兵庫 引原(ひきはら)ダム(宍粟市)
- 所在地: 宍粟市波賀町(資料確認済み。管理所の所在地)。川の名(引原川)とダム湖の名(音水湖)は公的資料で確認できていません(資料候補)
- 完成年: 兵庫県の映像記録「引原ダム貯水式」は、旧波賀町に15年をかけて完成したダムとして1950年代の貯水式を伝えています(資料確認済み。年の記載なし)
- 水没した集落と戸数: 公的資料で確認できていません(後述)
- いま見られる物: 県のページに「引原ダム再生事業」の案内があります(事業の中身は未確認)
- 最寄りの公共交通: 未確認
和歌山 椿山ダム(日高川町・旧美山村)と二川ダム(有田川町)
- 椿山ダム: 1953年の紀州大水害で日高川流域に大きな被害が出たことが背景です。1967年に建設計画が示され、県の財政事情で1975年から2年間補償交渉が中断、1978年3月に地元が「椿山ダム補償交渉委員会」を結成し、1979年6月に補償が妥結し、同年9月から水没住民の移転が始まって1980年3月に移転を終えました。旧美山村の水没移転者は160世帯で、水没した3集落のうち初湯川集落・椿山集落では20パーセント以上が村内へ移りました(資料確認済み。人文地理学会の発表要旨)
- 二川ダム: 昭和28年(1953)の「7.18水害」をきっかけに、昭和38年(1963)に着工し昭和42年(1967)3月に完成した県営ダムです(資料確認済み)。水没戸数は県のページに記載がありません
- 最寄りの公共交通: いずれも未確認
滋賀 永源寺ダム(東近江市)
- 所在地: 東近江市永源寺相谷町・永源寺高野町、愛知川(資料確認済み)
- 完成年: 昭和34年(1959)に工事を開始し、昭和47年(1972)に完成(資料確認済み)
- 水没した集落と戸数: 市のページは「ダムの用地として多くの家が移転」とだけ記しています。戸数は公的資料で確認できていません(後述)
- 最寄りの公共交通: 未確認
渇水の年に見えるもの
資料で確かめられた「水位が下がって現れた物」は二つです。2026年の大滝ダムの旧道と橋と、滝畑ダムの昔の道路や橋です。大阪府は、晴れの日が長く続くとダムを建てる前からあった道路や橋が姿を現すことがあると記し、平成19年(2007)に撮った「あらわになった昔の橋」の写真を載せています(資料確認済み)。滝畑ダムでは平成6年(1994)・14年(2002)・19年(2007)・29年(2017)に取水制限が必要になる渇水が起きており、一庫ダムも平成6年(1994)に上水30パーセント・農業用水40パーセント、平成14年(2002)に上水・農業用水とも40パーセントの取水制限がありました。一庫ダムなどで、こうした年に湖面がどこまで下がり、何が見えたかは、今回の資料では確認できていません。見に行く場合は、ダム管理事務所の貯水率の発表を確認し、湖底へ降りずに岸や橋の上から眺める範囲にとどめてください。
確認できなかったこと
- 滝畑ダムの水没戸数。個人ブログに「79件」とありますが、公的資料で確認できていません(噂・未確認)
- 布目ダムの水没戸数(ダム便覧に「48戸」)と、水没地にあった石仏が湖畔へ移設されたという話(資料候補・未確認)
- 日吉ダムの水没世帯数(Wikipedia・辞書サイトに「188世帯」)と、水没した集落名(民間の案内に宮村・世木林・沢田・楽河・上世木、移転した集落として中村・小茅)。水資源機構の報告書は「天若同盟」「中ダム対策協議会」という団体名と「日吉町・京北町・八木町」という町名までしか記していません(資料候補)
- 一庫ダムの水没した集落名と、知明湖の命名が昭和58年(1983)に川西市長によるという話(資料候補)
- 引原ダムの水没戸数(個人サイトに「120戸余り」)と完成年(1957年と1958年の両方の記述)(噂・未確認)
- 永源寺ダムの水没世帯数(ダム便覧に「213世帯」、集落名として佐目・萱尾・九居瀬・相谷)。滋賀県の資料に「213戸が移転」とある可能性が検索結果に出ましたが、該当 PDF は開けませんでした(資料候補)
- 大野ダム(南丹市美山町)の「39戸39世帯」、高山ダム(南山城村)の「196世帯」はWikipediaのみで、京都府のページには記載がありません(資料候補)
- 青蓮寺ダム・比奈知ダム(三重県名張市)の水没戸数は、水資源機構の定期報告書の概要からは読み取れませんでした
- 各ダムの最寄りの公共交通(大滝ダムを除く)
- 白屋地区の移転先の碑や、各ダムの移転先に建つ記念碑の有無
住所を入れると、周りの痕跡が出ます。
あなたの住所の痕跡濃度を測る →参考・出典
32件出典に基づいて掲載している
- 「滝畑ダムの構造(諸元)」大阪府
pref.osaka.lg.jp - 「市指定 梶谷家住宅」河内長野市
city.kawachinagano.lg.jp - 「第2次河内長野市文化財保存活用地域計画」河内長野市教育委員会(2025年11月)
city.kawachinagano.lg.jp - 「研修宿泊施設:案内1」河内長野市(滝畑ふるさと文化財の森センター)
city.kawachinagano.lg.jp - レファレンス事例「河内長野市の滝畑地区について、ダムができる(1981年)以前の文化や歴史のことがわかる資料はないか」国立国会図書館レファレンス協同データベース(河内長野市立図書館)
crd.ndl.go.jp - 「滝畑ダムの役割」大阪府
pref.osaka.lg.jp - 「河内長野市の水道施設」河内長野市
city.kawachinagano.lg.jp - 「アクションファイル 大滝ダム」国土交通省
mlit.go.jp - 「大滝ダム定期報告書」国土交通省近畿地方整備局
kkr.mlit.go.jp - 「かわ・ダム見学会」資料(大滝ダム完成5周年見学会)国土交通省
mlit.go.jp - 林野庁近畿中国森林管理局 サイト掲載の発表資料(森と水の源流館・川上村主催)
rinya.maff.go.jp - 「元住民側が逆転勝訴、国に賠償命令 奈良・大滝ダム訴訟控訴審」日本経済新聞 2011年7月13日
nikkei.com - 記者発表資料「大滝ダム白屋地区の仮設住宅が完成します」国土交通省近畿地方整備局 2003年7月18日
kkr.mlit.go.jp - 「令和8年6月16日 CBCテレビ 道との遭遇 国道169」奈良県立図書情報館(放送内容の記録)
library.pref.nara.jp - 「平成24年度 布目ダム定期報告書 7章 水源地域動態」水資源機構(近畿地方整備局サイト掲載)
kkr.mlit.go.jp - 「布目ダム」水資源機構 ダムカード紹介
water.go.jp - 布目ダム水没予定地 文化財調査報告書(山添村教育委員会編)書誌 CiNii
ci.nii.ac.jp - 「布目ダム周辺」山添村
vill.yamazoe.nara.jp - 「日吉ダムコース」京都府南丹広域振興局
pref.kyoto.jp - 「日吉ダム定期報告書 概要」水資源機構(近畿地方整備局サイト掲載)
kkr.mlit.go.jp - 「日吉ダム定期報告書 7. 水源地域動態」水資源機構(近畿地方整備局サイト掲載)
kkr.mlit.go.jp - 「資料-5(一庫ダム)一庫ダムの概要」水資源機構(兵庫県治水協議資料)
web.pref.hyogo.lg.jp - 「一庫ダム定期報告書 7. 水源地域動態」水資源機構(近畿地方整備局サイト掲載)
kkr.mlit.go.jp - 「生野ダム50年の歴史」兵庫県
web.pref.hyogo.lg.jp - 「引原ダム」兵庫県
web.pref.hyogo.lg.jp - 「ヒョーゴアーカイブス/引原ダム貯水式」兵庫県
web.pref.hyogo.lg.jp - 「和歌山県椿山ダム建設に伴う水没移転者の属性と生活の変容 ―美山村を事例として―」人文地理学会大会 研究発表要旨(2015年)
jstage.jst.go.jp - 「二川ダムの歴史」和歌山県
pref.wakayama.lg.jp - 「永源寺ダム」東近江市
city.higashiomi.shiga.jp - 「大滝ダム水源地域ビジョン」国土交通省近畿地方整備局 紀の川ダム統合管理事務所(令和8年2月)
kkr.mlit.go.jp - 「一庫ダム パンフレット」水資源機構 一庫ダム管理所
water.go.jp - 「滝畑ダムクイズ ダム編」大阪府
pref.osaka.lg.jp
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