「毛穴(けな)」の地名(鎌倉期から続く難読地名)|何があった場所か
「毛穴」と書いて「けな」と読む堺市中区の難読地名。応長2年(1312)の田地注文に「けな」の音で現れ、慶長10年(1605)の和泉国絵図にも「けな村」と見える、700年以上続く古い地名とされる。由来ははっきり分かっていない。
時のながれ
- 応長2年(1312) — 田地注文に「けなのきくせん」と記され、「けな」の地名が文書に現れる(日本歴史地名大系)。
- 慶長10年(1605) — 和泉国絵図に「けな村」と表記される。
- 江戸時代 — 八田庄毛穴村として平岡村と合わせ640石余の幕府領(堺奉行支配)だったとされる。
- 現在 — 堺市中区毛穴町として地名が残る。
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近くの痕跡
- 「百舌鳥」地名の由来(百舌鳥古墳群・百舌鳥耳原伝承)(地の痕跡・約3.4km)
- 堺環濠都市の濠跡(土居川・内川)(水の痕跡・約5.0km)
- 旧天王貯水池(明治の煉瓦造水道遺構)(水の痕跡・約5.2km)
- 第6回大阪大空襲の被災域(堺市街中心・堺大空襲)(戦の痕跡・約5.4km)
参考・出典
- 毛穴村(けなむら)とは - コトバンク(日本歴史地名大系)
コトバンク(平凡社『日本歴史地名大系』)