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水 水の痕跡 資料確認済み

尻こすり坂(荷車を尻で押さえて下った坂の下を、いまも水道が通っている)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 推定(ピンは坂の上り口にあたる藤棚町交差点。坂がどこまで続くかを示す資料には到達していない) / 最終確認日: 2026-09-25

横浜市西区の藤棚町交差点から、野毛の方向へ急な坂が続いている。横浜市西区は、この坂を、上り、下り、また上って下っていく道であるとし、尻こすり坂と呼ぶ。名の由来について同区は、昔、荷車を引いた人がお尻で車を押さえながら下って行ったことから、そう呼ばれるようになったと言う、と記す。そして、いま近所の人はただ急坂と呼ぶそうだ、とも添えている。坂は残り、名のほうが先に薄れかけている。

この坂には、もうひとつの呼び名がある。同区は、明治の中頃に、相模川から横浜市内へ飲料水を送る水道管が地中に埋められた水道道であるとし、今も西谷浄水場からの水道が、この坂の下を通って運ばれていると記す。横浜市水道局は、明治20年(1887年)に日本最初の近代水道が横浜に誕生したとし、創設時の導水ルートを、水を取入れていた相模川と道志川の合流地点である三井用水取入所から、野毛山浄水場(いまの野毛山配水池)までの約44キロメートルとする。

その道すじには目印が置かれている。同局は、近代水道創設120周年を記念して、平成19年(2007年)に創設当時の導水線路上の26か所へ看板を設けたとし、25番目を西区藤棚一丁目94番先の藤棚交番前、26番目を西区老松町63番地の10の野毛山公園内とする。坂はこの二つの看板の間にあたる。野毛山公園には、横浜水道の礎を築いたイギリス工兵中佐ヘンリー・スペンサー・パーマーの像があると同局は記す。

尻こすり坂(荷車を尻で押さえて下った坂の下を、いまも水道が通っている)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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