🗺 痕跡マップをひらく
地 地の痕跡 資料確認済み

神奈川奉行所跡(開港の年に置かれた役所の跡に、石碑が立つ)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定(ピンは神奈川県立青少年センターの前に立つ石碑) / 最終確認日: 2026-09-25

横浜市西区、桜木町駅から紅葉橋を渡って紅葉坂を上ると、右手に神奈川県立青少年センターが建っている。その建物の前に、史跡 神奈川奉行所跡と刻まれた石碑が立つ。横浜市西区は、横浜が開港された1859年(安政6年)にこの地へ奉行所が置かれ、戸部役所と呼ばれて、横浜の司法と行政の事務が行われたと記す。ほかに神奈川区へ会所が、中区の港の近くへ運上所が置かれたという。奉行所は1868年(明治元年)に廃止された。

神奈川県立公文書館の紀要に載る論考は、神奈川県の起源を、安政6年の開港に併せて設置されたこの神奈川奉行所とする。同じ論考は、奉行所が当初は戸部にあり、横浜に運上所があったが、のちに二か所あった波止場改処を東西の運上所とし、運上所の跡を新たに奉行所として横浜役所と称し、戸部の奉行所を戸部役所と称した、と記す。明治元年4月20日、戸部と横浜の両役所および東西の運上所の一切の引継ぎが終わり、戸部役所は戸部裁判所、横浜役所は横浜裁判所と改められた。神奈川県の始まりをどの日に置くかは、いまも論じられている。

西区は、戸部役所が、旧東海道の浅間下の近くから急造された横浜道を通って港へ向かう途中の野毛の切通しに近く、旅人を監視する役目があったのではないかと言われている、と記す。坂を行き来する人の流れを見下ろす場所に、役所は置かれていた。

神奈川奉行所跡(開港の年に置かれた役所の跡に、石碑が立つ)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

近くの痕跡

横浜市西区 の痕跡一覧を見る →

この周辺の痕跡 40件を地図でたどる →

時のながれ

編集部の調査メモ

このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。

資料で確認できたこと

そのため、このページではこうしています

現地確認: 未実施

❓まだ分かっていないこと

この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。

ご存知のことがあれば情報をお寄せください

参考・出典

2件出典に基づいて掲載している

訂正履歴

公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。

この場所について

この場所について、いま知っていることを教えてください。

あなたの住所には、どんな痕跡が眠っているでしょうか。

あなたの住所の痕跡濃度を測る →

本ページの位置情報・年代・経緯は概略です。掲載内容の確からしさは、ページ内の根拠ラベル(資料確認済み・資料候補・伝承・噂)の区分をご確認ください。 私有地への立ち入りを目的とした利用はご遠慮ください。誤りのご指摘・削除依頼は運営までご連絡ください。