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万里橋(日本で最初の鉄道が海を埋めて渡った、その五つの橋のひとつ)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-23

横浜市西区、帷子川の河口近くに架かる橋である。横浜市西区は万里橋について、明治5年にわが国初の鉄道が開通したこと、現在の桜木町駅にあった横浜駅を出発した鉄道は海だった場所を埋め立てて整備されたこと、次の神奈川駅までに五つの橋が設けられ、その一つとして現在も残りその歴史を物語っているのがこの万里橋であることを記す。同じ区の資料は、近くで石崎川に架かる高島橋についても、かつてこの付近から現在の横浜駅周辺までは海であり、明治5年の鉄道を開通させるためにその海が埋め立てられたと説明し、橋の名は埋立事業を行った高島嘉右衛門にちなむとする。

いまの橋は明治のものではない。横浜市西区は架設年を1928年、橋長を32.95メートル、幅員を22.15メートルとする。横浜市道路局の震災復興橋梁一覧にも万里橋は22番として載り、竣功1928年、施工は横浜市、所在は西区高島二丁目10-24番地先から同二丁目13番地先とされる。同じ一覧は橋の名に読みを添えており、万里橋には「マンリハシ」とある。道路局は、震災復興橋梁は最大で178橋あったが、当時の姿のままで現存しているのは37橋になっていると記す。

橋の上は横浜駅東口から高島町へ向かう車の多い通りで、区の資料も周辺のオフィス街や専門学校を訪れる人でにぎわうと書く。残っているのは明治の構造物ではない。残っているのは、鉄道を海の上に通すために橋を架けた場所と、その場所についた名前のほうである。

万里橋(日本で最初の鉄道が海を埋めて渡った、その五つの橋のひとつ)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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