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旧平沼専蔵別邸の亀甲積擁壁(別邸が建っていた斜面に、亀甲積みの石垣が残る)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 町域 / 最終確認日: 2026-09-20

横浜市西区の野毛坂に、六角形の石を積み上げた高い石垣がある。横浜市の認定歴史的建造物の一覧は、これを「旧平沼専蔵別邸亀甲積擁壁及び煉瓦塀」とし、所在地を西区老松町、建築年代を明治23年(1890年)から明治26年(1893年)の間、認定年度を平成18年度とする。横浜市の個別の紹介ページは、所在地を西区老松町29番地とし、設計・施工を不明とする。名前が示すとおり、認定されているのは擁壁と塀であって、建物ではない。

横浜市西区の連載「温故知新!西区てくてくスケッチ」の第二十九回は、野毛切通しの野毛坂交差点角にある市立中央図書館の反対側に、お城の石垣のような斜めに積み上がった立派な石積みがあるとし、この場所には明治時代、生糸などを扱った貿易商・平沼専蔵の別邸が建っていたと記す。当時この野毛周辺には豪商の原善三郎や茂木惣兵衛などの別邸も建っていたという。石垣は亀の甲羅のような六角形の石材が上下左右に積み重ねてある亀甲積みと呼ばれる積み方で、見るからに堅固でありながら形が整っていて美しい、と同じ資料は書く。

同じ資料は、明治時代に入って城壁の仕事はなくなったが、豪商の石垣にその歴史ある石積み技術が発揮され、いまも西区のこの地に残されているのだと結ぶ。石積みは坂に面しているので、外から見上げることができる。敷地の中へは入らず、歩道から眺めたい。坂の途中で車の通りが多いので、立ち止まる場所には気をつけたい。別邸の建物がいつなくなったのかを記す資料には、まだ行き当たっていない。

旧平沼専蔵別邸の亀甲積擁壁(別邸が建っていた斜面に、亀甲積みの石垣が残る)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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参考・出典

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