伊木山の熊野神社と、山中に図示された「本宮跡」(ペルー在留者が寄進した鳥居)|何があった場所か

伊木山の南西、市が「やすらぎの森」と呼ぶ谷に、熊野神社がある。石の鳥居が立ち、石灯籠の並ぶ参道が続き、社殿は山の中にしては構えが大きい。それでいて社務所は無く、由緒を記した板も無い。祭神も鎮座の時期も、境内では分からない。岐阜県神社庁の各務原市一覧(104社)には、〒509-0111「各務原市鵜沼」の項に熊野神社として載り、住所は鵜沼字大伊木伊木山1494番地、通称は権現様、主祭神は家津御子神・熊野久須美神・速玉男神、創立年月日は不詳と記される。由緒の欄は、文政十年(1827)の棟札を最も古い記録として挙げ、昭和十二年(1937)に祭文殿が新築され、参道も改修されたと記す。
手がかりは三つある。鳥居の左柱に「獻主 本籍當地 秘露國在留」と刻まれ、その下に寄進者名が続く。秘露はペルーで、この土地に本籍を置いたままペルーに在留した人が寄進したことになる。右柱の年号は風化しており、昭和二年と読めるが冒頭の字は判読できない。参道脇の藪には「凱旋記念」と刻まれた大きな石碑が半ば埋もれている。そして各務原市の「伊木山散策Map」は、いまの社殿とは別に、山中に「本宮跡」「中宮跡」を図示している。社が山の中から移ってきたらしい、というところまでが、公的な地図から読める。
時のながれ
- 時期不明 — 各務原市の散策Mapは、山中に「本宮跡」「中宮跡」を図示する。現在の社殿とは別の場所である。
- 文政十年(1827年) — 6月11日、熊野三所大権現の屋根を葺き替える。棟札に氏子「大伊木村中」の名がある(岐阜県神社庁の由緒)。
- 明治十二年(1879年) — 8月1日、大伊木の氏子が社を修復する(岐阜県神社庁の由緒)。
- 明治四十二年(1909年) — 本殿を改造する(岐阜県神社庁の由緒)。
- 昭和二年(1927年)ヵ — ペルーに在留した、本籍がこの土地にある人が鳥居を寄進する。右柱の年号は風化しており、冒頭の字は判読できない。
- 昭和十二年(1937年) — 12月26日、祭文殿が新築され、参道も改修される(岐阜県神社庁の由緒)。
- 現在 — 社務所も由緒書きも無い。県神社庁の一覧には〒509-0111「各務原市鵜沼」の項に熊野神社として載る。
現地の写真



近くの痕跡
- 伊木山城跡(信長が美濃攻略の第一歩に攻め取った山と、埋め戻された石垣)(戦の痕跡・約532m)
- ふな塚古墳(指定を受けないまま市の地図に載る前方後円墳)(地の痕跡・約1.5km)
- 小山湊跡(渡しと舟運の湊、飛行機が陸揚げされた岸)(地の痕跡・約1.5km)
- 地下に入った羽島用水と、地上に残った一区間(両内野のせせらぎ)(水の痕跡・約1.6km)
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 鳥居左柱の刻字「獻主 本籍當地 秘露國在留」と寄進者名、右柱の年号(昭和二年と読めるが冒頭の字は風化)を撮影で確認した。
- 参道脇の藪に「凱旋記念」の石碑があることを現地で確認した。揮毫者名は木漏れ日の斑で判読できなかった。
- 社務所・由緒書きの掲示がいずれも無いことを現地で確認した。
- 各務原市公式「伊木山散策Map」(PDF)に「熊野神社」「観音寺」と並んで山中に「本宮跡」が、現地の大型掲示「伊木山散策Map」にはさらに「中宮跡」が図示されていることを確認した。
- 岐阜県神社庁の各務原市の神社一覧(104社)では、当社は〒509-0111「各務原市鵜沼」の項に熊野神社(鵜沼字大伊木伊木山1494番地)として載ることを確認した。詳細ページは主祭神を家津御子神・熊野久須美神・速玉男神、通称を権現様と記す。
- 同じ詳細ページの由緒の欄は、創立年月日を不詳としたうえで、文政十年(1827)六月十一日の棟札に熊野三所大権現の屋根の葺き替えと氏子「大伊木村中」の名があること、明治十二年(1879)八月一日の修復、明治四十二年(1909)の本殿の改造、昭和十二年(1937)十二月二十六日の祭文殿の新築と参道の改修を記す。
そのため、このページではこうしています
- 鳥居の刻字には寄進者の個人名も並ぶが、ここに残すのは「本籍がこの土地にあり、ペルーに在留した人が寄進した」という事実までとする。
- 各務原市の散策Mapは、いまの社殿とは別に山中の「本宮跡」「中宮跡」を図示している。いつ、なぜ動いたのかを示す資料には行き当たっていない。
- 熊野神社へは住宅のある西側からも行ける。市公式は西側駐車場を観音寺北側14台・観音寺南側6台と記す。登山道からの往復は急勾配で足場が悪い。
現地確認: 実施済み
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 「本宮跡」から現在地へ遷った時期・経緯を示す公的資料に到達できていない。
- 寄進者がいつペルーへ渡ったのか、どのような経緯で寄進したのかを示す資料に到達できていない。
- ご利益・信仰の内容を述べた公的資料は見つからなかった。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
参考・出典
5件出典に基づいて掲載している
- 伊木山散策Map(PDF)
各務原市(公式) - 施設案内 伊木の森
各務原市(公式) - 各務原市の神社一覧
岐阜県神社庁(〒509-0111「各務原市鵜沼」の1社が当社) - 熊野神社(くまのじんじゃ)詳細
岐阜県神社庁 - 現地掲示「伊木山散策Map」「伊木山案内図」
各務原市(2026-09-12 撮影確認)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :説明文・編集部の調査メモ・まだ分かっていないこと・時のながれで、岐阜県神社庁の一覧に「この社の記載が無い」としていた記述を改めた。神社庁は当社を鵜沼字大伊木伊木山1494番地(〒509-0111)の熊野神社として載せており、郵便番号の違いで見落としていたためだ。祭神と通称も神社庁の詳細ページどおりに書き、そのページを参考・出典に加えた。神社庁の由緒の欄にある棟札と修復・改築の年を、要約・研究メモ・年表に足した。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。