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戦 戦の痕跡 資料確認済み

占守島(玉音放送のあとに戦闘が始まった日本最北の戦場)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-08-08

千島列島の東端、カムチャツカ半島まで12kmの島。1945年8月15日の玉音放送のあと、上陸してきたソ連軍と武装解除準備中の守備隊の戦闘が起きた。停戦後、将兵はシベリアへ抑留された。現在は無人島で、ロシアが実効支配している。ソ連軍の上陸は8月17日深夜から18日未明とされ、23日に武装解除となった。

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