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旧岩鼻火薬製造所跡(群馬の森)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-30

県立公園「群馬の森」は高崎市綿貫町にあり、面積は26.2ヘクタールある。この一帯には、1882年(明治15年)11月から陸軍の火薬製造所があった。創業時の名は「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」で、板橋に続く陸軍の火薬製造所だった。場所が選ばれた理由として、烏川と井野川の舟運の便と、水車の動力の得やすさが挙げられている。

名称は1923年(大正12年)に「陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所」、1940年(昭和15年)に「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」と変わった。黒色火薬に続いて明治の末にはダイナマイト、昭和に入ると無煙火薬が造られ、操業は1945年(昭和20年)の終戦まで続いた。1942年(昭和17年)には工場拡張のため、北側を通っていた日光例幣使道が付け替えられている。終戦時の敷地は32万5千坪と記録される。

旧陸軍の未利用地は1968年(昭和43年)、明治百年記念事業の公園の候補地に選ばれた。1974年(昭和49年)10月17日、県立近代美術館の開館と同じ日に開園した。1979年(昭和54年)には隣に県立歴史博物館が開いた。

園内には、爆風を避けるために築かれた土塁が残る。公園の管理者は、爆風避けの土塁や当時の建物・壁を「歴史の痕跡」として紹介している。製造所の集会所だった建物は公園の外に現存し、2026年7月に文化審議会が登録有形文化財に答申した。

旧岩鼻火薬製造所跡(群馬の森)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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