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死 死の痕跡 資料確認済み

堀川監獄跡(扇町公園)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-09-28

明治15年(1882)、天満堀川に近いこの一帯に堀川監獄分署が置かれ、市中の監獄がここに集められた。当時の刑法は死刑を獄内で行うと定めており、大阪府統計書は明治39〜43年の各年、堀川監獄の在監者の中に「刑死」を記録している。監獄は大正9年(1920)に堺へ移り、跡地の一部に大正12年(1923)、扇町公園が開かれた。敷地のどこで刑が行われたかを示す記録は見当たらない。

公園の南端、阪神高速の出入口の横に祀られる八重垣大明神について、綱敷天神社は、二代将軍秀忠の頃この堀川端の荒野に仕置き場が設けられていたようだという由緒を伝える。大坂の刑場を整理した資料が挙げるのは千日・鳶田・野江などで、扇町の名は見当たらない。

堀川監獄跡(扇町公園)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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